第3話

 

「おっと、そろそろ第一戦が始まる。ちょっくら行ってくらあ」

「ああ」

セナは闘技場の中に入り剣を構えた。

屋台の親父が貴族の道楽と言っていたのを思い出した。

なるほど、成りあがりの貴族が特等席から試合を見ていたのだ。

セナは貴族が嫌いだった。

兵士だけを戦わせて自分はのうのうと安全な場所にいる。

それが許せなかった。

「・・・・・・・・・あんな奴らに・・・」

セナは下を向いてボソッと呟いた。

「始めっ」

合図がかかるとセナは気持ちを押し込めるかのように相手に飛びかかった。

「でやああああああっ」

一刀両断!!

相手は前のめりに倒れた。

念のために言っておくと勿論真剣は使っていない。

木刀を使っているのだ。

「おおっ」

歓声があがる。

セナの呼び名を知っている人も知らない人もその実力を認めざるをえなかった。

セナは無表情のまま一礼をしてその場から離れた。

その時のセナの眼光は貴族の当主に向けられていたのだ。

相手を見ているようでもその視線は相手を通り抜けていた。

「す、すげえ」

アレフはその試合を離れた所から密かに見ていた。

セナの実力は知っているつもりだったが、これほどまでとは分からなかった。

それにセナは全く本気を出している様子がないのだ。

「すげえや、セナさんて・・・俺が敵うはずなかったんだよな・・・」

少し気落ちしそうになったがアレフは思い直した。

「弱いって事はこれから強くなる可能性が高いってことだよな。ここで落ちこんだって何にもならないよ」

アレフはセナの姿を見つけようとしたがセナはもう闘技場から出ていってしまって何処にいるのか分からなかった。

セナは大木の根元に腰掛けて目を瞑っていた。

思い出される昔のこと・・・。

楽しかったこと、嬉しかったこと、時には悲しかったりつらかったりしたこともあった。

それを全て打ち消した裏切りと殺戮・・・。

切り裂くような女性の悲鳴、真っ赤に燃え落ちる城。

壁に降りかかった血の雨、そして父の・・・。

「う・・・うああああああっ」

頭が・・・頭が痛い。

セナは頭を抱えて地面に倒れこんだ。

セナは極度の記憶障害を持っていたのだ。

いや、本当は覚えていたのかもしれない。

だが、幼いセナにとってその記憶は辛すぎるものだった。

自分の精神を守るため、自分でセナは記憶を封じこめているのだ。

「う・・・・・・あああ・・・・・・」

「せ、セナさんっ」

アレフがセナに駆け寄る。

アレフはセナを探して闘技場の近くまで歩いて来た時、セナの叫び声が聞こえたので慌てて走り寄ってきたのだった。

「どうしたんだ、セナさんっ。一体何が・・・」

「お・・・お父様・・・」

セナは虚ろな目をしてアレフの服を掴んでいた。

「セナさんっ、しっかりっ」

「お父様・・・セナを・・・セナを一人にしない・・・・・・で・・・」

セナはそれだけ言うと気を失った。

アレフはセナの目に涙が溜まっているのに気が付いた。

「・・・・・・セナさん・・・」

きっとセナは自分が想像もつかないような辛いことがあったのだろう。

アレフは何も出来ず、ただそのままじっとしているしかなかった。

 

「う、ううん・・・」

セナが目をあけるとそこはアレフの膝の上だった。

「!?○×△□な、ななな・・・」

セナが飛び起きるとアレフはニコッと笑って見せた。

「おはよう」

「アレフレッド!?な、なんで・・・」

「凄い叫び声が聞こえたと思って来てみればセナさんで。おまけに俺の服を掴んだまま気絶しちまうんだもん。動けなかったよ」

「あ・・・ご、ごめん・・・」

セナは赤くなってそう言った。

「いいさ、別に・・・」

「アレフレッド・・・あの、あたしなにか言った?」

「なにかって?」

「い、いや・・・別に・・・」

アレフはあえてさっきの事に触れようとしなかった。

「セナさん、それよりも二回戦始まるみたいだよ」

「うん・・・」

セナは無意識のうちに女言葉になっていた。

アレフはそれに気付いて少し驚いたが言葉には出さなかった。

「行かなくていいの?」

「・・・・・・。アレフレッドってさ、なんか落ち着くよね・・・」

「え・・・」

「・・・・・・・・・」

「セナさん、俺のことはアレフって呼んでよ」

「アレフ?」

「そう」

「アレフかぁ・・・じゃあ、あたしもセナって呼んでよ。いつまでも”セナさん”じゃ嫌だな」

「うん、分かった」

「そういえばアレフって何歳なの?」

「え、俺?18だけど」

「ええー、じゃ、あたしより1歳年上なんだ」

「セナさ・・・セナって17なんだ」

「そうだよ、見えない?」

「い、いや、ただ年上かなって思ってたし・・・」

「ああ、だから”さん”付けしたんだ。あたしって老けて見えるのかな」

「そ、そんなこと・・・」

その時、二回戦開始の合図が響いた。

「あ・・・、は、始まっちゃったよ」

「いいの、別に・・・」

セナは微笑んでアレフを見ていた。

アレフは少しどきまぎして視線を反らせた。

「そ、そうかあ。べ、別にいいんだあ・・・」

「うん・・・、はっ」

「え?どうしたの」

「べ、別になんでもねえよ」

(あーなるほど、落ち着いてきたんだな)

「セナ、それじゃ、もうこの街は立つのかい?」

「え?」

「だって武闘会があるからってこの街に来たんじゃないの」

「あーそうだけど、まだ出ねえよ。もう一人来る予定なんだ」

「もう一人?」

「ああ、クロッサルって奴でさ」

「セナ」

「あ、噂をすればだな」

「どうしたんだ。二回戦、おめえ、不戦勝になってたぜ」

「ははっ、なんかよ。つまんなくなっちまってさ」

「そうか・・・っとおめえは誰だ」

「お、俺?アレフレッドっていいます」

「クロッサル、アレフも一緒に行くんだ。可愛がってやってくれよ」

「おお、分かったぜ。よろしくな、アレフ」

クロッサルが豪快に笑いアレフの背中をどんどんと叩いた。

「は、ははは・・・。ど、どうも・・・」

「んで、セナよお、これからどこへ行くつもりなんだ」

「ん?そうだなぁ・・・実を言うとよ。計画立てて旅してるわけじゃねえし。ま、足の向くまま気の向くままってとこかな」

「え?じゃあセナって何で旅してるの?やっぱり剣の修行とか?」

「・・・・・・さあな、なんでだろうな・・・」

「アレフよぉ、なんだっていいじゃねえか。俺達はこれから一緒に旅するんだぜ。

互いの事に干渉ばっかしてたら一緒になんてできねえよ」

「あ・・・ご、ごめん」

「別に大層な理由なんてねえってことさ。クロッサル買い被りすぎだぜ」

「そうか?ま、かまわねえがな」

「とにかく次の街へ行くぜ。何か仕事探さねえと金がなくなっちまう」

「用心棒とかならいい金になんだがな」

「そうそう、それいいな」

「・・・・・・。ねえ、セナ。なんでクロッサルはセナとそんなに離れてるんだ?会話だけ聞いてると仲良さそうなのに」

「あははは、アレフ。クロッサルは女恐怖症なんだ。あたしはリハビリ」

「リハビリ?」

「んなことはどーでもいいだろ。さあ、いくぜ」

クロッサルは赤くなって足早に歩き出した。

クロッサルは体がでかいので歩くとどしどし音がする。

「待てよ、先に行くんじゃねえ」

「あ、セナ・・・」

「あ?なんだよ」

「・・・・・・いや、なんでもない」

「変な奴だな、まったく・・・。クロッサル待てって」

アレフはセナの過去を聞こうとしてしまった。

先ほど互いに干渉し過ぎるなとクロッサルに言われたばかりなのに。

聞いたからと言って自分に何が出きるというのだ。

(なんか、気になるんだ・・・)

アレフは思った。

これから自分が強くなってセナを守れるようになれたら、その時セナの事を聞こう。

そして力になれたら・・・と。

「アレフ!なにしてんだ、はやくこい」

「あ、待ってくれよっ」

ともかくアレフはセナと一緒に同じ道を歩き出した。

それが自分にとってどんな運命を辿るか今のアレフに知るよしもなかった。

 

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