第8話

 

どのくらい走ったのだろうか。

街からはもう随分と離れ、街の近くを流れる川まで来ていた。

「はぁはぁはぁ、んなろーーーーっ」

思いっきり疲れていたのに、大きい声で叫んだせいでバランスを崩した。

「おわっ」

そのまま川岸まで転がった。

「いててて・・・あー、くそっ。滅茶苦茶腹が立つーーーっ」

アレフはそのまま地団駄を踏んだ。

転がったまま空を見上げる。

宿屋についたときは夕方だったが今はもう夜になっていた。

星空が広がっている。

それを見ているうちに幾分か気持ちが落ち着いてきた。

「ちぇっ・・・、セナの馬鹿野郎・・・」

「馬鹿で悪かったな」

「!!」

慌てて起き上がったのでアレフはすべってそのまま川の中に落ちてしまった。

「あ、アレフ!?」

「ぶばあっ」

頭から落ちた格好になったので全身びしょ濡れだ。

「げほっげほっげほっ、せ、セナ?な、なんで」

「よ、よお」

「・・・・・・なんか用かよ」

アレフはセナから顔を反らして陸にあがった。

「そ、そのな、えっと・・・。ごめんっ」

「え・・・」

「酷いこと言ったと思う。だから謝る、悪りぃ・・・」

「セナ・・・」

セナは顔を人差し指でかいた。

「あたしは・・・アレフの事嫌いじゃねえし、その・・・別に、一緒に旅してて楽しいし・・・」

「・・・・・・」

アレフはセナが人に気を使うのが苦手なのを知っていた。

それなのにこういう風に自分に対して言うことがあるなんて。

「だ、だから、さっきのは本心じゃなくって」

「・・・分かったよ、セナ」

「アレフ・・・」

「その、俺もさ、ちょっといろいろあって気が立ってたんだよ。それで多分、売り言葉に買い言葉ってやつなんだろ」

「・・・あ、その・・・」

「俺のほうこそ、謝らないと。ごめんな、セナ」

「そ、そんなアレフが謝ることなんて」

2人はお互いの顔を見合わせてプッと吹き出した。

「まあ、お互い様ってとこかな」

「そうだな。あーあ、らしくねえ事しちまったぜ」

「そーそー、神妙な顔してると可愛いよな、セナは」

「はははは・・・・・え!!」

「へ?なんか変なこと言った?」

「べ、別に」

(か、可愛い?誰が?あたしが?)

アレフはなんの気なしに軽く言った言葉だったが、セナは始めて言われた言葉として根強く残ってしまった。

 

「あ、セナ、シルバーで来たの?」

シルバーとはセナの乗っている馬の名前である。

白い馬なのだが光にあたると銀色に輝くことからつけたそうだ。

「ああ、そうだぜ」

「どーりで速いと思ったよ。でもよくここが分かったね」

「そりゃあね、アレフは大声で叫びながら走ってやがったからよ」

「え・・・もしかして街中まる聞こえとか・・・」

「そーだな、あれだけ大きな声だったもんな」

「うっわっ、めっちゃ恥ずかしー、俺もう街歩けねーっ」

「何を今更」

「今更ってどういうことだよ。俺ってそんなに恥ずかしい奴だったわけ?」

「そういう意味じゃねえよ。だからさ、こういう商人の街ってとこはさ、

旅人がよく利用すっからそれ自体は珍しくねえけど。あたし達はさ、なんか妙な組み合わせじゃんか」

「そ、そうかな」

「まだ今までは3人だったけどよ。なんだっけ、タータなんとかって奴とあたし達が一緒にいたらどうだよ」

「うーん、やっぱ目立つかも」

「だろ、いっつも視線を感じてたぜ、あたしは」

「そーなんだ」

セナはニッと笑った。

「それによ、アレフも結構もてるみてえだし」

「ち、違うよ、フィリシアは」

「へぇー、フィリシアって言うんだ、あの子」

「あう・・・」

セナは指笛を吹いた。

「ひひひーーーーんっ」

シルバーが寄ってくる。

「はっ」

セナはシルバーに飛び乗った。

「さあ、戻ろうぜ、アレフ」

「先に行っていいよ。俺は足だから」

「なに言ってんだよ。だから後に乗れって言ってんだ」

「え・・・」

「「え」じゃねえよ、はやくしろ」

「う、うん」

アレフはセナの後に乗った。

始めて乗るシルバーの背中、それにセナとこんなに密接したのも始めてだった。

(うわ・・・)

「しっかり捕まってろよ、振り落とされんぞ」

「う、うん」

アレフはセナの腰に手をまわした。

(あ、いい匂い・・・)

「行くぜっ」

人の足とは違い、やはりスピードがある。

アレフは風を感じていた。

「どーだ、アレフ。馬っていいだろ」

「うん、すごい速いな」

「シルバーは特別さ。そこらへんの馬とは出来が違うよ」

「へぇ」

「今まであたしの相棒はシルバーだけだったんだ」

「今まで?」

「そうさ、今は・・・」

「うん?」

「アレフ達がいる」

顔は見えないが照れているようだ。

「セナ・・・」

「スピードあげるぞっ」

「うっひゃあ」

あっと言う間に宿屋についてしまった。

「あーあ、つっかれたなー」

「うん」

「さっさと寝ようぜ」

「え・・・」

セナとアレフは部屋に入った。

アレフは部屋の中を見まわした。

ベッドが2つ並んでいる。

「セナ・・・やっぱりまずいよ、これは」

「なにが?」

「なにがって・・・うわあああっ」

「な、なんだよ。うるせえな」

「な、なに脱いでんだよ」

セナはお構いなしにポイポーイと服を脱いだ。

「こんな格好で寝ろってのか、じょーだんじゃねえ」

「そ、そうじゃなくて俺がいるのに」

「だからなんだって言うんだ?」

「なんだって言うんだって・・・だからさ、セナは女で俺は男なんだよ」

「それが?」

「それがって・・・だーかーらぁー」

セナはとうとう下着姿になってしまった。

「ちょ、ちょっと待ったぁ、セナ、待ってってばっ」

「ったく、うっせえなぁ、さっきから」

「お、俺、外で寝るから」

「なに馬鹿なこと言ってんだよ。せっかく部屋とったんだぜ」

「い、いや、だからさ・・・」

「あたし、こっちのベッド使うぜ。アレフもさっさと寝ろよ」

セナはそう言うとベッドに入って寝てしまった。

「・・・・・・」

(まいったな・・・)

アレフはセナに圧倒されて呆然としていた。

セナは感心するぐらい、男と女の関係について無知である。

確かにセナは腕っ節も強いし、そこらへんの男に負けるはずがない。

だが、腕の立つ奴であれば、男の力に女の力がかなうはずがないだろう。

(俺って信頼されてるのかな・・・)

アレフは頭をかいて、しばらくセナの寝顔を見ていたが、後を向くと服を脱いでベッドに入った。

(それとも、男として見られてないとか)

部屋の天井を見ながらアレフは考えた。

いったいセナは今までどんな暮らしをしてきたのか。

どこで生まれ育ったのか。

それにセナは人に名字を教えることはない。

一体セナは何者なのだろう。

(考えても仕方ないか。俺は今のセナといるのであって、セナの過去といるわけじゃないからな)

アレフはそう考えを区切ると目を瞑った。

 

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