『LIKEがLOVEに変わるとき』

 

第1話

「今日からお前の妹だよ。仲良くしなさい。健二。」

美沙が僕の家に初めて来たのは僕が中学三年の時だった。

父さんの後ろに隠れておずおずと僕のほうを眺めてる。

その顔はまるで子犬のようだ。

そう僕は美沙の印象が子犬みたいな奴とインプットとされてしまっていたのだ。

「よろしく、オレは健二だ。」

僕が手を差し出すと美沙は目を輝かせて僕の方に寄ってきた。

「よろしくね、お兄ちゃん。」

まるで後ろにしっぽがついているようだ。

そのころ美沙は中学二年、僕とは一才違いなのだ。

美沙はすぐに友達ができてみんなの人気者になった。

まあ、子犬みたいな奴だからみんなから好かれるタイプだろう。

今、僕は高校二年。

僕は自分で言うのもなんだがサッカー部のエースで学校内のアイドルなんだぜ。

あ・・・もしかして僕のことを暗くてもてなくて寂しい奴なんて言わないでくれよ。

全然違うんだからな。

「健二くーん。」

おっ僕の彼女を紹介してやろう。桂木京子っていうんだ。かわいいんだぜ。

「京子っ こっちだっ。」

ははっ走ってくる、走ってくる。かわいいよな。

「ハァハァ、おわったの?部活。」

「おう、まあな。」

「じゃあ、一緒に帰ろう。」

「そうだな・・・うん?」

「どうしたの?あ、美沙ちゃん。」

「よおっ美沙、お前も一緒に帰るか?」

「・・・・ううん。」

なんだか、最近、美沙の様子が変なんだよな。

僕と一緒の学校に行きたいって言ってたのに。このごろ僕を避けてるみたいだし。

「変な奴。」

「うふふ、そんなこと言っちゃだめよ、お兄ちゃん取られちゃってちょっとふくれてるのかしらね。」

「え、そうなのか。」

「さあ、私は美沙ちゃんじゃないから。」

ちくしょー、京子の奴オレをからかってやがるな。

「・・・つまり、オレに追いかけろって言いたいのかなー。」

「うーんどうしようかな。」

「・・・あのな・・。」

京子って奴はかわいい顔してるくせにめちゃくちゃ頭が切れるんだ。学年トップだし。

「うん、私はいいや、後で。」

「え・・・どういうことだよ。」

「えっとね、ちょっと相談があったの、でも今はいい。」

「ふーん、ちぇっ、しょうがねえなあ。」

僕はさっと京子の頬にキスをした。

「け・・・健二く・・。」

「へへっじゃあ、またな。」

僕は京子をあとにした。

「・・・健二くん・・。」

京子が僕に言いたかったことは何だったんだろう。僕の脳裏にその言葉がよぎる。

が、そのうち僕は美沙に追いついた。

「よっ、美沙、待てよ。」

「健二・・・。」

「まあ、いいけどさ・・・オレなんかしたか。」

「・・・そんなこと、ないけど。」

「じゃあ、避けるなよ。」

「・・・・・」

「どうした?」

「健二の彼女って綺麗な人ね。」

「あ?」

「ううん、なんでもない。」

「・・・なんだよ、おまえ、もしかして妬いてんのか。」

「ばっばか、そんなことあるわけないじゃないっ。」

「そーだよなあ。」

僕らは並んで歩いていたが、急に美沙が、立ち止まった。

「!!・・」

なんだか、泣きそうな顔してるな。

「どうしたんだよ、美沙。」

「あ・・あのね、私・・・男の人に・・。」

「告白されたんか。」

「・・・・・」

「そうなんだろ。」

「・・どうすればいいのかな。」

「いやな奴なんか?それともブ男でデブってるとか。」

「健二っ。」

「おっわりぃ。」

「ううん、その人すごくいい人なの。」

「じゃあいいじゃん、嫌いじゃないんだろ。」

「だって・・だって、私・・・。」

「え?」

「・・・好きな人がいるの。」

「あ・・・。」

そうか、このごろ変だったのは、好きな奴ができたのか。なるほどね。

「そうか・・・で、そいつには、告白したんか。」

「そんなこと・・・できるわけないじゃない。」

「なんで?」

「なんでって、ダメなのよ。」

「どうしてさ、あ、まさか、結婚してるとか。」

「ちがうわ。」

「んじゃ、学校の先生とか。」

「それも違う。」

「それじゃ・・・まさか。」

「・・・・・」

「幼稚園児とか。」

ボカッ。

「ってぇ、なにすんだよ。」

「健二が、バカなこと言うからでしょ。」

「んなこと言ったって、わっかんねえよ。」

「・・・・・」

「ま、まあ、無理に言えとは言わねえけどよ。」

「あの・・・私・・。」

「あん?」

「・・・家に着いたよ。」

「あ、ああ。」

「ただいまー。」

「お、おい美沙。」

「あーおかえり、二人一緒だったのね。」

「うん、途中で会ったの。」

「母さん、オレ腹へったよ、何か食うもんない。」

「もうすぐ夕飯よ、ちょっと待ってて。」

「へーい。」

「・・・健二。」

「あ?」

「さっきの・・・気にしないでね。」

「・・・おう。」

僕は部屋に戻り、ベットの上に横になった。美沙に好きな奴がねえ・・・。

年月が流れるのは、早いもんだ。

あいつと初めて会ってから、もう二年たったんだもんな。

親父とおふくろの再婚・・・別に反対してたわけじゃないけど・・・。

僕は、なんだか素直に喜べなかった。

でも、美沙に会ってから・・・なんだか憎めない奴で僕が守ってやらなきゃって、

そんなこと思ったら、そんな、もやもやした、気持ちがどっかにいっちまったよ。

僕は、そんなことを考えているうちについ、うとうとしてしまって寝てしまった。

「・・・じ・・健二。」

「う・・ん・・。」

「もう、起きてよ、お母さんが夕飯だって。」

「・・・美沙か・・。」

僕はゆっくりとベットから起きあがった。美沙も再婚時にはいろんなことを考えたんだろうな・・・。

こんなに小っちゃい体してさ・・・。

僕が美沙の頭をぐりぐりとなでてやると美沙は、ふくれっつらをして言った。

「もう、子供あつかいしないでよ。」

「ははっ違うよ、かわいいなって思ってさ。」

「え・・・」

おいおい・・・冗談だろ。美沙の顔はたちまち真っ赤になった。

「ど、どうしたんだよ。」

「そ・・・そんなこと、男の人に言われたのは、は・・初めてだから、ちょっとびっくりしただけよ。」

「初めてって、オレは、兄貴だぜ。」

「わっわかってるわよ、とにかく早くきてよね、お母さん呼んでるんだから。」

そう言うと美沙は、バンッとドアを開けて出ていってしまった。

「な・・なんだあ、あいつ・・・。」

僕は、ボーゼンと美沙の出ていった後の部屋を眺めていた。

僕がテーブルにつくと、おふくろは、そそくさと温かいご飯をよそって渡してくれた。

「はい、健二くん。」

「あ、ども。」

僕の義母。いまだに僕の名前に「くん」をつける。

親父にも言われたけど、僕そんなになじんでないのかなあ。

美沙は僕の方を向こうともしない。

「母さん、親父は?」

「あ、今日も遅くなるそうよ。」

「ふうん・・・。」

ぎこちねー会話、いつもなら、こんな時、美沙が間に入ってくるんだけどな。

「おい、美沙。」

「な、なによ。」

「何、怒ってんだよ。」

「別に怒ってないわよ。」

「怒ってんじゃねえか。」

「怒ってないったらっ。」

ううむ・・・。何でケンカに、なってしまうのだろう。その時電話が鳴った。

RERERE・・・

「あ、オレがでる。」

こういう雰囲気の場所は苦手だ。卑怯者と言われても僕は、逃げた。

「はい、藤井ですが。」

「あ、健二くん、京子です。」

「おー京子、どうしたんだ。」

「うん、ちょっとね・・・。」

「何かあったのか?」

「・・・・・」

「京子っ。」

「・・・あ、そうだ美沙ちゃんどうだった?」

「京子・・・いいから話せよ、オレそんなに頼りになんないか。」

「そんなこと・・・。」

「だったら・・。」

「あのね・・・この前話したこと・・覚えてる?」

「この前?」

「うん・・・私が今まで書きためてた論文を送ったこと。」

「ああ・・・。」

「その返事が来たの・・・。」

「うん・・・。」

「それでね・・・。」

「どうだったんだ。」

「うん、教授がね、とてもほめてくれたの・・・。」

「よっかたじゃないか。あ、でも、それならなんで。」

「それで・・・。」

「京子?」

「・・・・・」

「どうしたんだよ。」

「もっと・・・ちゃんと、勉強するために、東京へこいって・・・。」

「!!・・・」

「私・・私・・・どうしよう。」

「・・・・・」

「健二くん・・・。」

僕はこういう時、何て言えばいいんだろう。そりゃあ僕は、京子に東京へ行ってほしくないよ。

でも、これは京子の夢だったんだ。僕のわがままで、それをつぶすことはできない・・・。

「オレ・・・オレは、行った方がいいと思うよ・・・。」

「・・・・・」

「これは京子の夢だったんだから。」

「そう・・・。」

「うん・・・。」

「行くなって言ってくれないのね・・・。」

「!!・・・」

「・・・わかったわ。」

「きょ・・京子・・・。」

「さよなら・・・。」

ガチャッ・・プープー。

僕は、何も言うことができなかった。

だって、もし本当の気持ちを言ってしまったら、京子は東京へは行かないだろう。

でも、それは、暗闇にさしこんだ一筋の光をふさいでしまうようなものなのだから。

都心から離れたこの街では、好きな仕事にさえ就くことができない。

まして京子はこんな所で燻ってはいけないのだ。僕はその場所に座り込んで頭を抱えた。

ちきしょう・・・。僕は何て言えばよかったんだ。

どうすればいいんだ。僕は遠く離れたって、決して京子のことを忘れたりしない。

京子だって分かっているんじゃなかったのか。

誤解しないでくれ。決して僕は行ってほしいわけじゃない。

決して離れたいわけじゃないんだ。僕は電話を取り京子の家のバンゴウを押した。

ピッポッパッパッポッピッ・・・

でも、最後のボタンだけがどうしても押すことができなかった。

今の僕に一体何が言える。

京子の気持ちを少しでも癒やすことができるんだろうか。

僕は受話器を置いた。

居間に戻ろうと後ろを振り向くと、そこに美沙が立っていた。

「み・・美沙どうした。」

びっ、びっくりした、いつからいたんだ。

「・・・遅いから、お母さんが見てこいって・・・。」

「そうか・・・今、行くよ。」

僕が歩き出しても美沙は動こうとしない。

「どうした?来いよ。」

「今の電話・・・京子さん?」

「・・・ああ。」

「どうかしたの・・・。」

「・・・別に・・。」

「うそっ。だって健二、頭抱えてたじゃない。」

「だから、どうしたんだよ、お前には関係ねーだろ。」

僕はつい、怒鳴ってしまった。

やべっ、言い過ぎたかな・・・。

美沙はビクッとして、しばらくそのままだったが、

そのうちに目にいっぱい涙をためて、階段を上って、自分の部屋に入ってしまった。

「・・・なにも、泣かなくても・・・。」

僕は美沙の後を追いかけて、部屋のドアをノックした。

返事はない。ノブに手をかけたが、カギがかかっている。

「美沙・・・オレだ。悪かったよ、言い過ぎた、ごめんな・・・。」

返事はない。

「ついカッとして・・本当に悪かった。」

「・・・・・」

「・・・じゃ・・。」

僕は居間に戻った。

「どうしたの、ずいぶん長電話だったわね。」

「うん・・・。」

「あら、美沙が呼びに行ったはずだけど。」

「うん・・もういいってさ、部屋に戻ったよ。」

「でも、あの子、ほとんど手つけてないわよ。」

「うん・・・。」

「どうしたのかしら。」

おふくろが階段の方に行こうとした。

「母さんっ。」

「えっ・・。」

「・・・そっとしといてやって・・。」

「健二くん・・何があったの。」

「・・・・・」

「・・・わかったわ。」

「ごめん・・・。」

黙ったまま僕は、夕食をかけこんで、部屋に戻った。

どうしてうまくいかないんだろう。

京子とも、美沙とも、おふくろとも・・・。全部僕が悪いんだろうか。

何で気持ちがすれ違ってしまうんだろう。

人の気持ちって難しいよな。僕には分からないよ。

 

第2話へ続く

 

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