『LIKEがLOVEに変わるとき』

 

第2話

次の日、僕はサッカー部の朝練のため、早く家を出た。

こうすれば美沙と顔を合わせずにすむ、僕は卑怯者だ。

僕はこの、もやもやした気持ちを吹き飛ばしたくて、いつもよりハードに、もう頭の中が何も考えられなくなるほど、練習した。

ハァッハァッハァッ

僕はそのままグラウンドに大の字にねっころがった。

風が吹くと自分の、このほてった体を冷やしてくれる。

気持ちがいい。

でもいくら練習しても、もやもやが消えることはなかった。

蛇口をひねると上のシャワーから水が降ってくる。

この水のようにすべてを洗い流せたらいいのに。

僕は少し乱暴に、頭を洗った。

その時、僕の親友で同じサッカー部のエースでもある、新井圭一が、シャワー室の隣から声をかけてきた。

「健二よぉ、どうしたんだ今日は、お前らしくもねえ。」

「・・・・・」

「何か、悩みでもあるんか、そうでなきゃいつも冷静なお前が、変だぜ。」

「・・・・・」

僕は蛇口を締めてタオルで頭をごしごしとふいた。

「おいっ健二、聞いてんのか。」

「聞いてるよ・・・。」

隣からも水の音が消えた。僕はさっと、制服を着て外に出ようとした。

「待てよっ。」

肩をつかまれ僕は、壁に押さえつけられた。

「なんだよ。」

「いいかあ、お前がどんな悩みを持とうがお前のかってだ。だがなあ、オレを無視するようなまねをすんな。」

「・・・悪い、何かイライラしてた。」

「よお、どうしたんだよ、まったく。京子ちゃんと何かあったのか。」

「何もねーよ、いいから放せよ。」

僕はムリヤリ圭一の腕をひっぺがし、外に出た。

「おいっ 待てっ。」

圭一もすぐに僕の後を追ってきた。

「何もねーわけ・・・。」

キーンコーンカーンコーン。

と、その時、チャイムが鳴った。

「急ぐぞっ。」

僕は圭一から逃れるように走り出した。

後ろの方で圭一が何かを言っている。

でも僕は聞こえないふりをした。

教室に行っても先生はまだ、来ていなかった。

無意識のうちに京子の姿を探す。

いた。

京子は二、三人の友達と楽しそうにおしゃべりをしていた。

僕はその方へ行こうとしたが、足が動かない。

しかたなく自分の席に着いた。

やっと圭一が教室に来た。

両手でおもいっきり僕の机を叩く。

バァンッ

でっかい音がした。シーンと教室の中に沈黙が広がった。

「逃げんじゃねえっ。」

「・・・・・」

分かっている。僕は卑怯者だ。

怖くて動くことができない、ただの卑怯者だ。

気がつくと京子が僕の方を見ていた。目と目が合う。

くそっ

目を合わせていられねえ。僕はバッと立ち上がって教室を飛び出した。

「健二っ。」

圭一が怒鳴ったが、僕にはもう、聞こえなかった。

 

さぼっちまったな・・・。

結局、僕は教室に戻ることができなかった。

ただ、屋上にねっころがって空を見ているだけだ。

こんなことでいいんだろうか。いいわけないだろう。

そう思ったが足が思うように進まず、進んではさがり、進んではさがり、となってしまった。

辺りは夕日が射し込めていた。

多分、もう教室には誰もいないだろう。

僕は結局、時間を無駄にしてしまったのだ。

とぼとぼと鞄を取りに教室へ戻る。

暗い教室の中、僕は一人、自分の席に腰掛けた。

その時、急にドアが開いた。

「!!」

そこには京子がいた。僕を見ている。

僕は今度は目をそらさなかった。

「どうして逃げたの?」

京子が尋ねた。

「・・・・・」

逃げたのは、僕が卑怯者だからだ、とは言えなかった。

「今度はしゃべらないつもり?」

京子が言った。

「・・・ごめん・・。」

「どうして、あやまるの。」

「・・・・・」

「どうしたのよ、健二くんらしくないわ。」

圭一にも言われたな、僕らしくないって・・・。僕らしいってどういうんだ。

僕は僕じゃないか。どこが、僕らしくないんだよ。

「私・・・健二くんを追いつめてしまったのかしら。」

「・・・そうじゃないんだ。」

「じゃあ、どうして私から逃げるの。」

「それは、オレが・・・。」

「・・・・・」

「・・・ごめん・・。」

くそっ こんなこと言いたいんじゃないのに。どうしちまったんだよ僕は。

「京子っ。」

「え・・・。」

「あのな・・・。」

言えよっ 言っちまえ。自分の気持ちを、考えを。すべて吐き出すんだ。

そうして、すっきりしちまえよ。

自分だけがか?自分だけ言いたいこと言っていいのか?

京子だっていろいろと悩んだはずだ。電話ごしに聞こえた京子の声は震えていた。

自分じゃ考えきれなくなって僕に電話してきたに違いないのに。

僕は軽い気持ちで京子をますます傷つけてしまったんだ。

ちきしょう。なんて勝手な奴だ僕は。サイテーだ。

自分だけが傷ついたような顔して、京子の顔も見ようとせずに、話そうともせずに、逃げ出して・・・。

僕はイスから立ち上がり京子の側まで、歩いていった。

「健二くん?・・・。」

京子・・・京子・・・ごめん・・。僕は京子を抱きしめた。

強く・・・、とても強く、離れないように。

「健・・・二・・くん。」

京子はちょっと苦しそうに、僕の名前を呼ぶ。

「いいから・・・このままで聞いてくれ。」

「うん・・・。」

僕は少し、腕の力を緩めた。すると、京子は僕の背中に腕を回してきた。

「オレは・・・卑怯者だ・・。」

「どうして、そんなこと言うの?」

腕から京子の、鼓動が伝わってくる。

「オレはな・・・オレは・・・本当はお前に東京なんか行ってほしくねえよ。」

「え・・・。」

京子が顔を上げる。僕はその瞳をまっすぐに見返した。

「離れたくなんかねえんだ。」

「健二くん・・・。」

「でも、無理矢理、“これは京子の夢なんだオレが邪魔することなんてできない”って思いこんで、

お前の前で強がったりしてみせた・・・。」

「・・・・・」

「でもな・・・オレ思うんだ。オレは離れたって絶対にお前のことを忘れたりしねえし

気持ちだって変わることはねえ。京子だって・・・そうだろ。」

「・・・・・」

「ははっ ちょっと自惚れすぎたかな・・・。」

「・・・そんなことないわ。」

「京子・・・。」

「ごめんなさい、健二くん・・・私、健二くんのこと、信じてあげられなくて・・・。」

「いや・・・オレの言葉が足りなかったんだ・・・。」

「健二くん・・・私・・東京に行くわ。」

「ああ・・・。」

「待っててくれる?」

「もちろんだよ・・・。」

僕は京子の唇に自分の唇を合わせた。

帰り道僕は京子を家まで送った。

「ありがとう、送ってくれて。」

「オレのせいで、遅くなったんだから、こんなこと・・・。」

「ふふっ。」

「え?」

「新井くん、すごく心配してたのよ。」

「あー。」

「ちゃんと謝っといたほうがいいわよ。」

「分かったよ・・・。」

「・・・・・」

「いつ・・・たつんだ?」

「うん・・・いろいろと準備とかあるし、先生にも言わないといけないから、すぐってわけじゃないわね。」

「そうか・・・。」

「大丈夫よね、私たち。」

「大丈夫だって言ってんだろ、オレを信じろよ、なっ。」

「うん、信じる。」

「じゃ、明日また。」

「うん、さよなら・・・。」

人の気持ちか・・・僕は今まで本当の気持ちを人にぶつけたことがあっただろうか。

ないよな。

いつでも押さえつけて、自分が我慢すればうまくいくんだって思って、それじゃあダメだよな。

気持ちが伝わらないよな。

時には本音がぶつかり合わないといけないこともあるんだよな。

考えながら歩いていたらもう家の前に来ていた。

門の前に美沙が立っている。

「遅かったのね。」

「うん・・・京子送ってきたから。」

「・・・そう。」

「オレの顔見たくないんじゃないかと思ってた。ずっと待ってたのか?」

「別に・・・健二を待ってたわけじゃないわよ。」

「そっか・・・。昨日はごめんな。オレ、いらいらしててさ。」

「そんなこと・・・私にはカンケーないんでしょ。」

う・・・まだ、随分と怒っていらっしゃるようで。まあ・・僕が悪いんだけどね。

「・・・あのな・・京子、東京に行くんだ。」

「えっ・・・。」

「認められたんだよ、喜ばねーとな。」

「そう・・・。」

「オレさ、昨日それ聞いて素直に喜べなくてお前にあたったりして・・・ごめんな。」

「そんな・・・。」

「・・・ごめん・・。」

「私こそ・・・そんなこと知らなくて、ひどいこと聞いちゃったりしてごめんなさい。」

美沙がしゅんと落ち込んで頭を下げた。叱られた子供みたいに。

「ああー、腹へったなあ。」

「そ、そうね。」

「メシくぉーぜっ。」

「うんっ。」

暗い気分を盛り上げるためにわざと大きな声を出した。

良かった、良かった。これで一件落着だ。

・・・ん?あれ、そういえば、美沙の好きな奴のことはどうなったんだろう。

昨日はそのことで随分、悩んでたみたいなのにさ。

・・・ま、人の恋路に手ェ出す気はねーから、いっか。

 

第3話へ続く

 

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