『LIKEがLOVEに変わるとき』

 

第3話

それから二ヶ月は、普段の通り、変わることなく過ぎていった。

京子が東京に行くということは皆に知られないようにしていたからな。

一学期も終わりに近づいてきている。

京子の出発の日まで後三日だ。

京子は一学期は学校に出て、二学期から東京の学校に通うことになっている。

「健二くんっ。」

僕らはその間、できるだけ側にいるようにした。

あんなことを言ったのに、側にいないと何かが壊れてしまいそうで。

「京子っ、ごめん、待ったか。」

「ううん、全然、それに私、待つの好きだから。」

夏の大会が近いから、部活を休むわけにいかない。

だから京子は、いつも部活が終わるのを待っていてくれた。

「ヒューヒュー、お2人さん、仲がいいねえ。」

圭一がひやかしてきた。

圭一にはあの日電話ですぐに謝ったが、全く、わけは話していなかった。

圭一も深くは追求しないでくれたし変に探ろうともしないでくれた。

「バッカヤローっ、からかうなよな。」

「ハハハハ、じゃあな健二っ、バイバイ京子ちゃん。」

「おうっ、またな。」

「さようなら。」

僕らは並んで歩き出した。

始めのうちは取り留めのない話で盛り上がっていたが、そのうちにどちらとも黙り込んでしまった。

「・・・・・」

「・・・・・」

こんなことをしてたんじゃダメだ。何か、何か話さねば。

「・・・明日で一学期も終わりだな。」

「・・・そうね。」

「・・・あ、あのさ、オレ休みになったら会いに行くよ。」

「・・・ほんと?」

「ああ、絶対に行くよ。」

「うれしい・・・。」

そうさ、離れるって言っても永遠の別れじゃない。

会おうと思えばいつでも会えるんだ。

「夏の大会、応援に行けなくて、ゴメンネ・・・。」

「いいさ、京子はいつもオレの側にいるんだから。」

くぅー。くさいセリフ・・・。こんな時じゃなかったら一生言えなかったと思う。

おや?京子が真っ赤になってるぞ。どうしたんだ。

「健二くん・・・このごろすっごくキザになったわね・・・。」

「えっ・・・、そ、そうかな、自分ではあまり気にしてねーけど。」

・・・そういえば、この道を通るのもあと三日か。

僕の家と京子の家は全然、反対方向なんだ。

京子と付き合いだして初めて通るようになったこの道。

ここにも、いろんな思い出があるなあ。

「ここでいいわ、ありがとう。」

ふいに、京子が言った。

「え?何でさ、家まで送るよ。」

「ううん、いいの、あんまり一緒にいると本当に離れたくなくなっちゃうし・・・。」

「そ、そっか・・じゃあ、バイッ。」

うわー。京子は僕のことキザになったって言ってたけど、今のセリフも、かなりキザだぞ。

おいおい、僕ってば顔赤くないかあ。

僕は走って自分の家まで行った。

玄関で珍しく親父の靴を見つけた。こんな早い時間に帰るなんて何かあったのかな。

僕はそう思って居間の方へ向かった。皆の笑い声が聞こえる。

笑い声なんて、この家で聞くのは久しぶりだ。

僕はドアを開けた。

「あ、おかえりー健二。」

美沙だ。にこにこと笑って楽しそうだ。

「おかえりなさい、健二くん。」

これは、母さん。親父がいるからうれしそうだ。

「おかえり。」

親父だ。相変わらず、無愛想だな。

「ただいま。親父、家にいるなんて珍しいな。」

僕はそう言ってイスに腰掛けた。

「まあ、たまにはな。」

本当に“たまに”だよ。まったく。

僕はしばらくそこにいて、家族の会話というものを聞いていたが、どうも肌に合わない。

昔から一人でいたのが影響してか、皆と話すということが苦手なのだ。

それを京子に言わせると僕は不器用なのだそうだ。そうかもしれない。

でも、それだったら人類すべてが、不器用だと思う。

完璧な人間なんているはずがないんだ。

人はそれぞれどこかに苦手な部分を持っていると僕は思う。

「ねえっ健二もそう思うでしょう。」

ふいに美沙が僕にふってきた。

「えっ・・・ごめん聞いてなかった。」

「だから、この間、学校に泥棒が入って、男子生徒が捕まえたっていう話よ。すごいと思うでしょう。」

「あ・・ああ。」

何のことだよ。

ああ、そうか、この何でもないような会話が家族の会話なんだよな。

僕にしては、“なじもうとしているが、なじめない”なんだが、本当は“なじもうとしてないから、なじめない”なんだそうだ。

そんなこと急に無理だよ。

僕はゆっくりと、夕飯を食べ終えて部屋に戻った。

CDをつけてイスに座る。僕は洋楽が好きだ。

外国の広い世界の中で自分と全く異なった生活をしている人が作った歌だからだ。

その時だけ僕は自分じゃなくなれるから。

僕は、本棚から、参考書を取り出した。

僕は高二なんだ。そろそろ進路のことにも真剣に考えなければならない。

僕は、将来何になりたいんだろう。

その時、急に電気が消えた。音も消えた。

停電だ!! 隣の部屋でガタガタッと大きな音がした。

美沙っ・・・。

僕は慌てて美沙の部屋のドアを開けた。

ガチャ、真っ暗で何も見えない。美沙は何処にいるんだ。

「美沙っ いるかっ。」

僕が言うと、奥の方で声がした。

「け・・健二・・・。」

声が震えている。

「何処だっ 大丈夫かっ。」

もう一度言うと「こ・・ここ。」と返事が返ってくる。

僕は馬鹿だ。懐中電灯でも取ってくりゃよかった。僕は足元に注意しながら前に進んだ。

「おわっ。」

何かにつまずいて僕は倒れ込んだ。ドッシーンと音がした。

「いててっ。」

僕は、おもいっきり腕をベッドの角にぶつけてしまった。でもそれ以外は何処も痛くなかった。

おかしいな。それに、何か柔らかいぞ。えっ・・・美沙!?

「ど、何処触ってんのよ。」

僕は、美沙の上に倒れてしまっていたのだ。

「ごっごめん。」

僕はびっくりして美沙から、離れた。

「な・・何してんだよ。」

「何って、ちょっとつまづいただけよ。」

そっか、あのでっかい音は倒れただけなのか。

「まったく、人騒がせだな。」

「わ、悪かったわね。」

そのうちに電気がついてパッと明るくなった。

「!!・・・」

げっ・・・僕は絶句した。美沙は下着しかつけていなかったのだ。

「美・・・美沙。」

僕が指さすと、美沙は変な顔をしていたが

ハッと気がついて叫んだ。

「けけけけけ健二っーっ、は、早く出てって。」

マクラを投げてきた。

「うわあっ。」

僕は慌てて部屋の外に出た。

び・・びっくりした。でも・・美沙って・・あんがい・・・。な、何を考えてるんだ僕は。

相手は妹だぞ。それに僕は、彼女がいるんだ。やばい、やばい、どうかしてるな。まったく・・・。

 

次の日は雨だった。明日から夏休みだからもう授業はない。午前中で終わりだ。

僕は昇降口の所で空を見上げていた。暗い空から雨がとどまりなく流れてくる。

今日は部活は休みだな。思わぬ休みが手には入った。どこかに遊びに行こうかな。

「健二くんっ。」

「あ、京子。」

「どうしたの?こんな所で。」

「え・・あ・・いや。」

「変な健二くん・・・。」

そうだ、京子を誘ってみよう。

「京子さあ、今日ヒマか。」

「えっ今日?」

「どっか、遊びに行かねーか、部活もないしさ。」

「・・・うれしいけど、引っ越しの準備が。」

「あ、そっか、ごめん。」

「ううん、私こそ。せっかく誘ってくれたのに・・・。」

そう言うと京子は僕を、振り切るように歩き出した。

「バイバイ、健二くん。」

「え・・お、送るよ。」

「ううん、今日はいいの、圭一くんたちと遊んできたらどう?」

「あ・・ああ、じゃあな。」

そうだな、久しぶりに圭一とゲーセンでも行くか。

僕はそのまま圭一を待つことにした。確かまだ、圭一は教室にいたはずだ。

あれ?美沙・・・。美沙が男と一緒に歩いていた。

あんな所で何を・・・。

僕は悪いことだとは分かっていたが、そうっと二人の後を付けた。

二人はやっぱり第二実験室の中へ入った。

うーん・・。放課後にこんな場所ですることと言えば、

@授業中できなかった実験の続き

Aお掃除

B愛の告白、さて、どれでしょう。って僕のバカー。

Bに決まってんじゃんかよ。

ま・・まあ、僕が気にすることはないけど、僕は兄としてだなあ。

僕はそうと耳をたてた。

「この間の返事、いつになったらしてくれるんだよ。」

男の声だ。返事?あ・・告白した男か。美沙の奴まだぐずぐずしてたのかよ。

「・・・ごめんなさい。私・・・。」

「・・・それって、付き合えないってことかよ。」

「・・・・・」

「誰か、好きな奴でもいんのかっ。」

な・・・何かなあ。僕ってすっごく悪いことしているような。やめよう、こんなこと。

「好きな人・・・いる・・けど。」

「けど?けどなんだよ。」

「絶対にムリだから・・・。」

「え・・・な、何でだよ。」

・・・美沙。美沙の好きな奴っていったい誰なんだよ。

そんなに辛い恋してんのか・・。いや・・・いけねえよ、こんなことしちゃ。

僕はその場から離れた。昇降口に戻ると、ちょうど圭一がいた。

「おう健二、今帰りか?」

「お、おう。」

「京子ちゃんと一緒じゃねーのか、さてはふられたな。」

「ばっばかやろう。んなわけねーだろ。」

「はははっ んじゃ、久々に男同士で語り合おうぜ。」

「ちえっ 何かむなしーな。」

僕と圭一は、つるんで校門を出てゲーセンに行った。

その時、僕は気づいてなかった。僕らの後ろ姿を見ていた男の視線を。

何か言いたげというより、にらんでいると言った方が正しい男の視線を。

「おっしゃあっ 三連勝っっ。」

「ちっくしょー。また負けたぁ。」

ゲーセンと言えば、かくゲーだな、やっぱし。

僕はいつもの席、いつものキャラで圭一と対戦したが、やはり、いつもと同じように負けた。

「フッフッフッ、進歩がないねえ、健二くん。」

「うるせーっ 今度こそ、勝つ!!」

「なあ、健二・・・それよかさあ、ちぃっと話あんだけど。」

「あ?」

「だ・か・ら・話っ 話があんだよ。」

「ああ、いーけど、何だよ。」

「ここじゃあなあ、サ店でも行こうぜ、今日はオレ、おごっちゃる。」

「お、やりぃ、じゃあ行こうぜ。」

僕らは駅の近くのサ店に入った。雨も大分小降りになったので、ゲーセンから走ってきたのだ。

「げえーっ、ちべてーびしょびしょじゃん。」

「おらっ さっさと入れよ。」

端の席に座り、僕はコーヒー、圭一はココアを頼んだ。

「ココアぁ!?」

「いーじゃんかよ、好きなんだから。」

まったく、ココアを頼む男なんて僕は初めて見たぞ。

「んで、話って何だよ。」

「あ・・ああ・・・。」

何か、歯切れの悪い返事だな。

「・・・あのな健二・・オ、オレ・・・。」

「んだよ、はっきり言えよ。」

「・・・オレっ 美沙ちゃんが好きなんだ。」

「!!・・・へ、へえ。」

美沙って、もてるんだな。しかし、圭一の奴がねえ。こりゃ、たまげた。

「・・・何にも言わないのか。」

「オレが、何言えってんだよ。“大事な妹をお前なんかに渡せるか”とでも言えってか?」

「・・・健二。」

「ま・・・頑張れや、オレもお前だったら安心だぜ。それに・・・。」

「それに?」

「美沙なあ、今・・男に告白されてる最中だからな、圭一も急がんと、とられちまうぞ。」

「なっ・・・何っ それ、ホントか。」

ふーん。こいつ、マジだな。圭一とは中坊の時からの仲だ。こいつが、いい加減なことをするはずがないし。

でも、いやー、ずっと女と付き合ったことなんかないから興味ねーのかと思ってたのに・・・まさか、美沙のことをなあ。

「おー、マジ、マジ、オレが嘘つくはずがないだろ。」

「そ・・そうか、それで、この頃元気なかったのか。」

あん?この頃?そっかなあ、別に変わりなかったけど。

「おい、圭一、美沙の奴、そん・・・。」

「サンキュな健二、オレ、頑張っからっ。」

「おいっちょっと待てオレの話を・・・。」

「じゃーな。」

あーあ・・・行っちまった。まったく、せっかちな奴だな。

お・・・?ちょっと待て、ここの代金、僕が払うのか?

圭一め・・・おごるって言ってたのに逃げやがって。あの野郎。

僕がサ店を出ると雨はもう、あがっていた。虹が架かっている。

僕は運がいいな。こんなきれーなもん、見られるなんて。

僕は、まだ水が浸っているアスファルトの道を何だかちょっといい気分で帰った。

 

第4話へ続く

 

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