『LIKEがLOVEに変わるとき』

 

第5話

ある日、僕は部活が早く終わったので、バイトまでまだ時間があるから、

いっぺん家に帰ろうかと思って校門を出ると、後から誰かに呼び止められた。

振り向くと、そこには男が立っていた。制服を着ているから、この学校の生徒だろう。

けど、僕はこんな奴、知らないし、一体何の用なんだ。男は僕をにらみつけるようにしてこう言った。

「あんた、藤井健二さんだろ。」

「そうだけど、お前は誰だ。」

僕はそう言って、もう一度、男の顔を見る。

あれ?こいつ、どっかで・・・。うーん、見たことあるんだけど、どこで見たんだろう。思い出せない・・・。

「オレは、新条晴彦・・・この学校の一年だ。」

一年だと・・・。なんだこのヤロウ、先輩に対する態度がなっとらんぞ。

「それで、オレに何の用があるんだよ。」

僕はまだ、新条という男を何処で見たか思い出せずにいた。

「単刀直入に言うぜ。あんた、藤井美沙のこと、どう思ってんだよ。」

!!・・美沙・・・だと。

ああっ 思い出した。こいつ終業式の日に美沙に告白の返事をせまってた奴じゃねえか。

あの時、美沙は“好きな人がいるから、ごめんなさい”とか言って、断ったんじゃないのか。

え・・・それで、僕に美沙のことをどう思ってるかを聞くってことは・・・。

ま・・まさか、この男美沙の好きな奴が僕ってことを知ってるってことか!?

「どう思うって、どういうことだよ。」

僕は内心、冷や汗もんだったが、なるたけ平静を装って新条に言った。

「ごまかすんじゃねえよ。藤井はあんたの妹だろ、その妹が悩んでんだぜ。あんたは、何も思わねえのかよ。」

ギクッギクッ や・・やっぱり知ってるんだ。でも、何で・・美沙がしゃべったのか?

どっちにしろ、このままじゃ皆に広がっちまうじゃねえか。やばいよ、こりゃ。

「み・・美沙が悩むって何のことだよ。」

とにかく、こいつがどこまで知ってるか、確かめなきゃいけねえな。僕は何も知らないふりをした。

「まったくしょうもねえ兄貴だな。藤井はな悲しい恋をしてるんだ。」

「は?」

「だからな、あいつは話してくれなかったけど、藤井の恋の相手は、不治の病におかされている病弱な主人公なのさ。」

「はあ?」

何言ってんだ、こいつ。美沙の恋の相手が不治の病におかされている病弱な主人公?

主人公って、マンガの読み過ぎじゃないのか。

「おい、藤井さんよぉ。」

「お、おお。」

「オレは、藤井を応援するぜ。藤井がその相手にマジだってわかったから。オレが本気で惚れてた相手だから。

相手がどんな野郎だろうと、藤井が幸せになるんなら、オレはそれが、うれしい。」

「・・・そうか。」

あー こいつ、相手にしねー方がいいな。頭痛くなりそ。

「だからな、藤井さんよぉ、あんたも妹の恋に協力してやれよな。」

「えっ・・・。」

「ったく、あんたは兄貴なんだから、妹のために一肌ぐらい脱いでやれって言ってんだよ。」

とか言われてもなあ。だって僕は美沙の好きな奴が誰なのか知ってるし、どうすることもできないよ。

「わかったかっ。」

「ああ・・わかったわかった。」

とにかく、この男から離れたい。まーよりにもよって美沙も大変な奴に惚れられたな。

「話は終わったんだろ、んじゃな・・・。」

僕はそう言って新条から離れた。

「絶対だぞー。」

後ろで叫んでいる。あー頭痛がしてきた。僕はバイトを終え、家路に着いた。

午前三時二三分。あーねむ・・・。

玄関のドアを開け、家の中に入る。自分の部屋に戻ろうとして、僕はふと美沙の部屋の前で足を止めた。

「・・・美沙・・。」

美沙は、一体いつから僕のことを見ていたのだろう。

それを考えると、どうしようもなく自分が不甲斐なく思えてくる。

僕はそんなに立派な男じゃない。全然、価値のない男だ。お前をこんなに傷つけて・・・。

「ごめんな・・・バカな男でよ・・・。」

僕はそう言って、部屋に戻った。

ジリジリジリジリ、目覚まし時計の音がする。

「う゛ー。」

僕は手を伸ばし、場所を探る。あれ・・何処に置いたっけかなあ。

「お・に・い・ちゃんっ 起きなさいっ。」

み・・美沙。

京子が東京へ行った日、僕が避けてきた美沙が目の前にいた。僕は飛び起きた。

「おはよう、お兄ちゃん。」

「あ・・ああ。」

どうしたんだろう、美沙が僕の顔を見たいはずがないのに。時計を見ると、ちょうど九時だった。

学校までは二十分もあれば行けるから。まだ、のんびりできるだろう。

「お兄ちゃん・・・。」

ふいに美沙が声をかけた。

「え・・・。」

僕は不覚にもドキマギしながら答えた。

「昨日、晴彦くんに変なこと・・言われたでしょ・・ごめんなさい。」

晴彦?ああ、新条ね。

「別に美沙が謝ることないじゃんか。」

「でも・・・。」

「美沙ってさあ・・・。」

もてるんだな・・・。なんて言ったらまた傷つけてしまう。あぶない、あぶない。

「なに?」

「え・・あ・・その。」

「お兄ちゃん、昨日、遅かったね・・・。」

「え・・・。」

「帰ってくるのがよ。」

「・・・起きてたのか?」

「うん・・だって、お兄ちゃん・・私から逃げてるから・・・。」

「!!・・ごめん・・・。」

「ううん、お兄ちゃんが悩むのも当然だよ。私・・そのこと・・考えてなかったから。」

「いや・・やっぱし、オレが一番、悪いんだ。」

「・・・・・」

「美沙?」

「・・・ううん、いいの。安心して、もういいから。」

え・・・もういいって一体どういうことだろ。

「美沙・・あの・・。」

「私・・これから出掛けるの、じゃ・・。」

美沙が後ろを向こうとした時、僕は見てしまった。美沙の目に涙が浮かんでいたことに。

くそっ 僕は、まだ美沙を傷つけ足りないのか。

ちくしょー、女を泣かせてまで幸せになりたかねーや。

僕は美沙が、ノブに手を掛けようとした時点で後ろから抱き締めた。

「!!・・お、お兄ちゃんっ。」

美沙は慌てて振りほどこうとする。しかし僕は腕に力を入れて、離そうとはしなかった。

次第に美沙の体から力が抜けていく。そうして僕の腕に手をのばしてきた。

「・・・バカ、何でこんなことするのよ。私が・・せっかく・・・。」

「オレは・・これ以上お前を傷つけたくない・・・。」

「こんなことされたって・・・。」

美沙は声が続かないようだ。そうして、嗚咽を漏らしていた。

僕はそうっと手を離した。美沙は僕に背を向けたまま泣いていた。

「・・・私たち、もう兄妹には戻れないのかもしれないね。」

「・・・美沙・・。」

僕は何を言えばいいのか、どうすればいいのか・・・。もう、わからない。

「・・・母さんは?」

「・・・隣のおばさんと出掛けたわ・・。」

そうか、居ないのか。と、いうことは、この家には僕と美沙の二人きり・・・。

うおおおお、やばい、やばいぞ。今の僕は美沙を妹じゃなくて女として見ている。

ちょちょっと待ってくれ。これはまずい。まずいって。

トゥルルルルル、その時、電話が鳴った。

ハッと我に返る。

「あ・・電話・・・。」

「オ、オレがでるよ。」

僕は部屋から一刻も早く出たかった。このまま二人で居たらどうなるかわからない。

「はい、藤井です。」

「・・・あの、京子です。健二くん?」

「きょっ京子・・・。」

どあー。なんて悪いタイミングにかけてくるんだ。

「どうしたの?あ・・メイワクだった?」

「そ、そんなことないよ。どうしたのさ。」

「え・・あ、ごめんなさい。別に用事があったわけじゃないの。ただ健二くんの声が聞きたかっただけ。」

「あ、そ、そうか。」

「健二くん・・何かあったの?」

「えっ 何もないよ、何も。」

「そう・・・やっぱり離れちゃうとダメなのかな。」

「京子・・・。」

「ううん、別に・・・。」

「あ・・あのさ・・・。」

「ねえ、悩みがあるんだったら言ってね。どんな話でも聞くから。」

「うん・・・。」

「・・・一つ聞いていい?」

「え、うん、何だい。」

「あの・・・美沙ちゃんて・・・。」

「えっ。」

「・・・何でもないわ。」

「京子・・・。」

「ねえ、健二くん・・・。」

「な・・何。」

「私のこと・・・好き?」

「あ、ああ。当たり前じゃないか。」

「・・・言葉で言ってほしいな・・・。」

え・・・そ、それは。美沙が後ろにいた。

いや、後ろにいるっていうか僕の部屋にいるんだけど、当然、僕の声は聞こえているはずだ。

もし、ここでその言葉を言ってしまったら。・・・何でこんなこと思うんだろ。

僕は京子が好きなんだよな。でも・・でも、もしかしたら。

い、いやいや、いけない、あいつは妹だ。僕の妹なんだ。家族なんだ。

でも・・でも僕は、どこかで、あいつの影を追っていたのかもしれない。

自分からこのカンケーを壊したくなくて、ただ、怖くて、そして自分を押さえつけていたのかもしれない。

はっ今更こんなことで悩んだってしょうがないよ。

僕には京子がいて、そうだ、僕は京子が好きだ。それでいいじゃないか。

けど、美沙も好きだ。この好きは家族としてなんだろうか、それとも・・・。

「・・・くん、健二くん。」

「え・・・あ、ごめん。」

「ううん・・・ごめんなさい、変なこと言っちゃって、私ちょっと不安だったのよ。」

「京子。オレは・・・京子のこと・・・。」

「いいの、言わないで・・・わかってるから・・・。」

「あ、ああ。」

「じゃあね・・また、電話してもいい?」

「も、もちろんだよ。」

「ありがとう、さよなら・・・。」

自分の気持ちがわからないなんて。一体僕はどうしたんだろう。

京子が引っ越してから僕の中で何かが壊れ始めてしまったんだ。

 

第6話へ続く

 

<戻る>

[PR]動画