『LIKEがLOVEに変わるとき』

 

第6話

「健二・・・今の京子さんだったの・・。」

「うん・・・。」

「そっか・・そうだよね。」

「美沙・・・。」

「今日は友達と約束があるから・・・。」

「聞けよっ。」

「は、はい。」

「あのさ・・少し時間をくれないか、考える時間がほしいんだ。」

「考える時間?」

「ああ・・・。」

「考えるって・・・何を。」

「ん・・まあ、いろいろとね。」

「・・・うん。」

「サンキュ・・・。」

僕の中の美沙という存在が次第に大きくなっている。

美沙は父親を知らないで育った。物心ついたときにはもう父親は亡くなっていたし、どういう存在であるかがわからないのだろう。

中二の時、僕の父親と美沙の母親が再婚し、美沙は初めて父親というものを理解する予定だった。

しかし、僕の父親は仕事人であり、家には、ほとんど帰らないのだ。

だから美沙は僕を父親に見立てているのかもしれない。

つまり、美沙は僕を父親であり、兄貴であり、そして恋人と考えているのだろう。

美沙にとって男とは僕であり、僕でなければならないのだ。・・・多分。

京子はどうだろう。僕が京子と付き合い始めたのは高一の時だ。

入学したての頃、僕の隣に座って微笑んでいた彼女、それが京子だった。

僕もなさけないことだが、中学時代、女の子とは一度も付き合ったことがなかった。

だから、京子から付き合ってほしいと言われても、始めは友達感覚で付き合っていた。

でも、一年の文化祭の時、ちょうど僕はサッカー部の練習試合でいなくて、京子が一人で見学していたことがあったんだ。

その時、応援しにくるって言ってた京子の姿が見えなくて、なんだか試合のことよりも京子のことを考えたりしてさ。

そしたら、試合の合間に京子の友達が京子がナンパされて困ってるって、知らせに来て、いてもたってもいられなくて、

僕はすぐ走って京子の所まで行った。男三人に囲まれていた京子が僕に気付いて、泣きそうな顔で僕を見つめたんだ。

僕はそれまで京子のことを「桂木」って呼んでたんだけど、その時出た言葉は「京子」だった。

「京子っ。」

「!!藤井くん。」

「お前ら、京子を放せ。」

「ちっ なんだ、男付きかよ。」

「いこーぜ、いこーぜ。」

男どもが、ぶつぶつ言いながら、去っていく姿を僕はにらみつけていた。

「藤井くん・・・。」

「あ・・きょ・・いや桂木、大丈夫か。」

「うん、大丈夫、ありがとう・・・。」

「そっか、良かった。」

「あの・・藤井くん・・さっき、私のこと・・・。」

「あ、ごめん、オレ・・つい。」

「ううん、そうじゃなくて・・あの、名前で呼んでくれてうれしかったの・・・。」

「え・・あ・・そ、そうか。」

「うん・・・。」

「じゃあさ、オレのことも健二でいいよ。」

「え・・うん、健二・・・くん。」

「うん。」

なんか、初めて感じた照れくささ、好きってこういうことなのかなと思った。

僕は京子のことを一人占めしたかっったし、なんかずっと会ってないと変な気持ちになったりした。

そして、二人でいることが楽しかったんだ。でも、人の気持ちって変わるものなんだよな。

永遠と思っていたことも、いつかは終わりがくる。

今が・・・その時なのかもしれない。

そうだ、僕は美沙が、あの新条に告白されたとき、どうしても気になって、覗き見してしまった。

僕の知らない所で美沙が知らない男といるのがいやだったんだ。

そうか僕は美沙が好きだったんだ。近くに居過ぎて気付かなかった。

妹としてじゃなくて、一人の女として僕は美沙のことを・・・。

でも決して僕の京子への気持ちが偽りだったわけではない。僕は京子が好きだった。とても好きだったんだ。

そして、それはもう、過去のことなのだろう。

これに気付いてしまった僕は京子に一番辛いことを言わなくてはならない。

でも、もし美沙が僕に言わなければきっと僕は気付くことはなかったと思う。

気付かなければ、こんなことを京子に言わなくてもよかったのに。

いや、今さら、こんなことを言ってもしょうがない。恋というのはすべてが幸せになれるわけではない。辛いことも味わうのだ。

そして、人は成長していく。

京子・・・ゴメン。謝っても謝りきれない。

でも人は、きれい事だけでは生きていけないんだ。

すでに時間は、一二時を回っていた。

はーっ とうとう部活をさぼってしまった。圭一にどつかれるな。

僕はベッドの上に寝っ転がった。

これって、辛いよな・・・。少し時間を置かなくちゃ。

僕の頭の中を美沙の顔と京子の顔がぐるぐる回っていた。

あーダメだダメだ。僕は頭を振って起きあがった。

顔でも洗おうと思って、階段を下りていくとちょうど、母さんが買い物から帰ってきた所だった。

「美沙?ごめんね、遅くなっちゃった、すぐご飯作るから・・・。」

そこで僕と目が合う。

「あ・・あら、健二くんだったの、え・・部活は今日、お休み?」

「いや、ちょっと寝過ごしちゃってさ・・・。」

僕が苦笑を浮かべると母さんもニッコリ笑っていた。

「さぼりね、いけないわよ。でも、この頃健二くん頑張りすぎだし、たまにはいいかもね。」

「はは・・・。」

その時、二階から美沙の声がした。

「お母さーん?おかえり、あのね、洗濯物が・・・。」

階段を下りてきた美沙が、僕の顔を見て黙り込んだ。

母さんはそれに気付いたのか気付かなかったのか、わからないが、普通に話しかけた。

「なあに、洗濯物がどうしたの?」

「え、うん、なんか、雨が降りそうだから取り込んじゃったんだけど・・・。」

「あら、ありがとう。・・・ねえ、ご飯作るの手伝ってくれる?」

「え、うん、いいわよ。」

「健二くん、待っててね。すぐ、できるから。」

「あ、うん・・・じゃオレは二階で待ってるから・・・。」

「わかったわ。」

僕が二階に上がろうとすると、美沙が呼び止めた。

「けっ健二っ。」

「え?」

「あの・・・。」

「・・・何。」

「ううん、なんでもない。ゴメンね。」

「ああ・・・。」

僕は部屋に戻り、イスに腰掛けた。

・・・美沙が好きだと気付いたって、露骨に態度に出せるわけがない。

自分のせいで今までの関係が壊れるのは、たまらない。どうしたら、いいのかな。

こればっかりは圭一に相談することもできないし・・・。うー悩むぜ。

僕はもう、何が正しいのかなんて、わからなくなってきたよ。

昼飯を食べてから、久しぶりに街に出掛けることにした。

そういえば京子がいなくなってから、ここに来たのは初めてだ。

出掛けるとき、美沙は何か言いたそうな顔をしていたが僕は気付かないふりをしてしまった。

はー でも男一人で来たってウィンドウショッピングなんてできるわけないし、ナンパなんてする気にもなれない。

何しようかな。僕は本屋に入ったり、レコード屋に入ったりと、ブラブラ、考え事をしながら歩いていた。

美沙と京子に答えを出してあげないと二人はいつまでたっても前に進めないよな。

くそっ しっかりしろ、健二。

自分が苦しむのはかまわないが、女の子を苦しませるなんて、男としてサイテーだぞ。

ドンッ

「きゃっ。」

「うわっ。」

考え事をしていたせいか、前をよく見ていなかった。そのため、道を曲がってきた人とぶつかってしまった。

「す、すみません、大丈夫ですか。」

ぶつかった人は女の人だった。明らかに大人の女性といった感じだ。

「ええ、大丈夫よ。」

女の人は、ニッコリと笑って言った。

「本当にすみません、僕の不注意です。」

僕が、彼女の手をとって、立たせると彼女はクスッと笑って答えた。

「そんなに、謝らないで。私もちょっと、よそ見をしてたから。」

「いや、でも・・・。」

「・・・あなた、学生さん?」

「ええ、そうですけど。」

「何か、悩みを抱えてるみたいね。」

「えっええ!?い、いきなり何ですか。」

「あ、あらごめんなさい。私、カウンセラーをやっていて、ついね・・・。」

「は・・はあ・・・。」

「うーん・・・やっぱり、ほっとけないわねもし、差し支えなかったら私に話してくれない?」

「はあ?」

なんだかなあ、この人は。でも、何か、不思議な感じがする。

いや、でも、見ず知らずの人にする内容ではないと思うが。でも僕はこのことを誰かに聞いてほしかった。

一人で悩むことが辛かったんだ。

「・・・はい・・聞いてもらえますか。」

「うん、じゃ、そこの喫茶店でも入らない?」

「あ、はい、そうしましょう。」

僕と彼女は一番、奥の席に向き合って座った。

じっくり見ると、彼女の歳は二五、六歳といったところで身長は一六五p位、髪はストレートの長めでかなりの美人だった。

「名前・・・まだ、言ってなかったわね。私は川本弥生よ。」

「僕は、藤井健二です・・・。」

「ふうん、藤井くんね、高校生?」

「あ、はい、二年です。」

「一七歳か・・うーん若いわ・・・。」

「はあ・・・。」

なんか、チョーシ狂うな、この人。

「え・・と、川本さんは・・・。」

「弥生でいいわよ。」

「あ、はい、弥生さんは、カウンセラーとおっしゃってましたけど・・・。」

「ええ、ボランティアでやってるの、普段は普通のOLよ。」

「ボランティアですか・・・。」

「私・・・人の世話するのが好きなのよ、看護婦とか教師とか、考えてたんだけど。

何て言うか、心の方のお世話がしたいなーっと思ってね・・・。」

「それで、カウンセラーですか。」

「ええ。」

なるほど、頼れるお姉さんって感じだ。子供に好かれるタイプだな。

「で、藤井くん。」

「は、はい。」

「ずばり聞くわ、あなた恋の悩みね。」

「・・・ええ、まあ。」

「なあに、三角関係?」

「はあ・・そんなものです。」

なんか・・・うれしそうだな・・・。おもしろがってるんじゃないだろうな。

「そんなものって、違うの?」

「・・・いや、そう・・です。」

「何か、理由ありみたいね・・・。」

「あ・・はい、実は・・・。」

僕は弥生さんに、これまでのことを語った。もちろん、名前は伏せておいたが・・・。

「・・・なんか、ドラマみたいな話ね。」

「・・・・・」

「私、そういう話は初めて聞いたわ。」

「そう・・でしょうね・・・。」

「藤井くん・・・。」

「はい。」

「一つ聞いていい?」

「何ですか。」

「あなたは・・・その妹さんと彼女・・どちらが好きなの?」

「僕は・・・。今まで妹を妹としてしか見ていなくて、その・・・そういうことがあって初めて、妹を一人の女性として考えました。

それで、今まで何気なく過ごしてきた日々の中で、僕は無意識のうちに妹を女性として扱っていたのではないかと思ったのです。」

「うん・・・。」

「今は、良く自分の気持ちがわからないけれど・・・多分・・僕は・・・。」

「わかったわ・・・。」

「・・・・・」

「それでいいじゃない。」

「えっ。」

「自分の気持ちに素直であることが一番大切なのよ。」

「でも・・・それだと。」

「・・・まあ、そうなると、いろいろと大変よね・・・。」

「はい・・・。」

「でもね、自分の気持ちを偽ると、相手にとってもいいことなんてないのよ。」

「・・・・・」

「それに、あなただって、彼女への気持ちが偽りだったとは思ってないでしょ。」

「あ、当たり前です。僕は京子のことをちゃんと・・・。」

「そうでしょ、大丈夫、彼女だってきっとわかってるわ。」

「・・・・・」

「辛いかもしれないけれど、よく考えてみてどうすれば一番いいのか。」

「・・・わかっています。」

そう、僕は、わかっている。わかっているけど、わかろうとしなかった。

それが一番京子を傷つけることになるのに。本当にバカだな僕は。表面だけ、優しくしたって無意味だよ。

「藤井くん・・・。」

「ありがとうございます、弥生さん。」

「いえ、そんな、私のは、ただのおせっかいよ。」

「いいえ、弥生さんのおかげで決心が付きました。僕はもう迷いません。」

「そう・・・。」

「あの、それじゃ、ここは僕が払います。」

「何を言ってるの学生が、ここは、お姉さんにまかせて。」

「でも・・・。」

「いいから、年上の言うことは聞くものよ。」

「すいません、ありがとうございます。」

僕と弥生さんは店を出た。もう、日はとっぷりと暮れ、夕日が綺麗だった。

「随分、長く話しちゃったみたいね。」

「そうですね。」

「さてと・・・藤井くん。」

「は、はい。」

「しっかりね。」

「はい。ありがとうございます。」

「じゃ、私は帰るけど・・・。」

「あ、あの、何かお礼を・・・。」

「いいの、いいの、あれは私のおせっかい。お礼を言われることはしてないわ。」

「でも・・・。」

「うーん、じゃこうしましょ。あなたが職に就いて、もし私と会うことがあったら、その時に、たっぷりとお礼してもらうわ。」

「え・・は、はあ。」

「じゃね。縁があったら、また会いましょ。」

そう言うと弥生さんは、軽い足どりで街中へ消えていった。

 

第7話へ続く

 

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