自我 第1話

 

・・・・・・・・・・・・目が覚めた。

・・・・・・・・・・・・ここは?

まだはっきりしない頭をゆっくりと持ち上げる。

そのままあたりを見回した。

普通の部屋。

普通ってなんだ?

どこにでもある男の部屋。

男?誰が?俺が?

俺。

俺って誰だ?

俺はベットから起き上がり立ちあがった。

目線を下からゆっくりと移動させる。

これが俺。どんな顔してるんだろう?

鏡を探す。

あった。

俺は鏡の前に立つ。

普通の顔。

どこにでもある男の顔。

じっとその顔を見つめる。

「芳洋ー朝よ〜起きなさーい」

そんな時、声が聞こえた。

芳洋?(よしひろ)誰のことだ。

「芳洋ー聞こえてるの〜遅刻するわよー」

声は下のほうから聞こえる。

俺?俺が芳洋?

もう一度鏡を見る。

この顔の人物、つまり俺のことだ。

俺は芳洋って言う名前なんだ。

「芳洋〜」

「起きたー」

俺は声を出した。

俺の声。声変わりが終わった男の声。

そしてさっきから俺のことを呼んでいるのは俺の母親。

そうだ。だんだん思い出してきたぞ。

俺は芳洋で男だ。今は朝で、俺は遅刻をするらしい。

遅刻?どこに?

・・・・・・・・・・・・はっ。

何考えてるんだ。俺は高校に決まってるじゃないか!

俺は慌てて時計を見る。時刻は7時45分をさしていた。

「だーっやっべぇ!!」

俺はパジャマを脱ぎ捨てワイシャツを引っつかんだ。

制服を羽織るように着ると鞄をつかんで階段を駆け下りた。

台所には母さんがいた。

「何でもっと早く起こしてくれねえんだよ!」

俺は母さんにつかみかかった。

「何言ってるの。何度も起こしたわよ」

「あーもう!朝飯食ってるひまなんてねーじゃねえか!」

俺は食パンを口にくわえると玄関から飛び出していった。

 

 

 

 

 

「オース」

教室に入ったときの俺の第一声。

それが今の言葉だった。

「おう、おはよ。篠塚」

「あいかわらずギリギリだな。篠塚は」

クラスメートから次々にそんな声が飛ぶ。

「うるせ、バーカ」

俺はそう言うと自分の席に腰を下ろそうとした。

だが、そこには見知らぬ女が座っていた。

「おい、そこは俺の席だろがどけよ」

俺はかまわず机に鞄をどさっと置いた。

しかしその女はむすっとした顔で俺のことをにらんできた。

「なんだよ、てめえ。そこは俺の席だっつってるだろ」

「ここは私の席よ。あなたのほうが間違ってるわ」

女が口を開いた。

「ああ?何言ってんだお前。そこは俺の席だ」

「いいえ、私の席よ」

「ふざけんな!俺の席だ!!」

俺は思わず怒鳴ってしまった。

しまった。女相手にやばかったか。

だが、その女は大して驚いた風もなく俺をにらんでいる。

「・・・・・・っ」

俺の声に驚いたのかクラスの奴らが集まってきた。

「なんだなんだ。どうかしたのか篠塚?」

「何怒鳴ってんだよ」

俺は憮然としてこの女をあごで指差した。

「西園寺さんがどうかしたのか?」

その中の一人が俺に聞く。

「西園寺?」

俺は思わず聞き返した。この女の事知ってるのか?

俺がそれ以上しゃべらないのを見て奴らはこの西園寺とか言う女に話し掛けた。

「西園寺さん。どうかしたの?」

「べつに。この人が私の席が自分の席だって言い張るから」

「何言ってやがる。そこは俺の席だ」

「お、おいおい篠塚どうしたんだよ。ここは西園寺さんの席だぜ」

見かねて奴らの一人が言った。

「はあ?いつのまにか席替えでもしたってのか。ふざけんなよ」

俺がそいつをにらんでやるとそいつはびくっと後ずさりをした。

「席替えも何もここは元から私の席よ」

西園寺なる女が言った。

「まだ言うか。この女は。だいたいてめえ誰だ」

女は一瞬だけ怪訝そうな顔をしたがプイッと前を向いた。

「一体どうしたんだよ、篠塚。西園寺さんだよ。何言ってるんだ?」

さっきとは違う奴が俺に言った。

「何言ってるは俺のセリフだ。俺はこんな女知らねえ」

「・・・・・・・西園寺紀美香(さいおんじきみか)」

女が言った。

「・・・・・・・・・・・・・・」

やっぱりこんな奴知らねえ。でもどこかで聞いたことがあるような?

まあ、そんなことはどうでもいい。

「ち、わあったよ。じゃあ、俺の席はどこだ?」

「え、えーと。窓側の後ろから3番目だよ」

誰かが言った。俺は西園寺に一瞥をくれると鞄をつかんで席へ向かった。

何だってんだ?何かが違うぜ。クラスの奴ら。

西園寺だと?そんな奴は昨日までいなかった。あーくそ、いらいらするぜ。

俺は席にどかっと腰掛けると頬杖をついて窓の外を眺めた。

考えたってしょうがねえか。俺には関係ないこった。

「ねえねえ、篠塚君」

不意に隣の奴が声をかけてきた。

「ああ?」

俺はかったるそうに声のしたほうを向いた。

「どうしたの今日は、機嫌悪いみたいだね」

にこにこした顔で俺に話し掛けてきたこいつは、確か中西・・・・なんだっけ?

「なんだよ、てめえにゃ関係ねーだろ」

だいたいなんなんだ。こいつは。なれなれしく俺に話し掛けやがって。

「ほおら、やっぱり機嫌悪い。なんかあったの?」

「なんもねーよ。ほっとけよ」

俺は中西を無視すると机にうつぶせになった。

「なによー心配してあげてるのに」

中西がぶうぶう言ってるがほっとこう。

なんだかむしょうに眠いぜ。

まあいいか、授業なんてかったるいからこのまま寝ちまおう。

俺は睡魔の誘惑に身をゆだねた。

 

 

 

 

 

「こおら!!篠塚!起きんか!」

ポカッ

「あでっ」

俺の頭に何かがあたった。そのおかげで目が覚めた。

「いってー何すんだよ」

俺は頭をさすりながら顔を上げた。

「何すんだじゃないだろう。今は何の時間だ」

「え・・・」

気がつくと周りの奴らはくすくす笑っている。

ちきしょー、なんだよ。

見ると俺の手が白い。

さっき頭にあたったのはチョークだったのか。

「せんせえー、いたいけなせーとにこんなもん投げていいんですかー」

「誰がいたいけな生徒だ。さあ、さっさと今読んだところを訳してみろ」

くそー、何ページだ。

「98ページ、12行目」

後ろから声がした。

おお!恩にきるぜ!

「えーと、『そのときジョーンは友達のマイケルがいないことに気がついた。』」

なんだこの文章?やけに簡単だな。

「む、よし。良くできたな。座っていいぞ」

俺は席に座ると後ろの奴に声をかけた。

「サンキュー、助かったぜ」

「まったく、授業中にどうどうと寝てるからだよ。芳洋は」

そう言った奴の顔、なんだか幼い感じがした。まるで中坊じゃねえか。

それにこいつ。どこかで・・・・や、靖之(やすゆき)!?

俺がポカーンとしているのを見て靖之は苦笑した。

「何だよ、まだ寝ぼけてるの?しっかりしなよ」

「あ、ああ」

とりあえず俺はうなずく。そして前を向いた。

な、何なんだよ。どうしたって言うんだ。何で靖之が・・・・。

それにここはどこだ?

いや、俺は知ってる。俺の母校。中学校の教室だ。

めまいがしてきそうだぜ。

そういや着ている制服も違うな。

俺は自分のかっこを確認した。

夢でも見てるのか?俺は。

そうか!きっとこれは夢なんだ。さっき俺は中西を無視して寝ちまったからな。

しかし、まあ。よくもまあここまで忠実に表現できるもんだぜ。

俺の脳もなかなかどうして捨てたもんじゃないな。

キーンコーンカーンコーン

チャイムが鳴った。

「よし、今日はここまでだ」

先生は教科書を閉じると教室から出ていった。

「芳洋、さっきはやばかったなー」

男が一人近づいてきた。

ええとこいつは・・・・衛(まもる)だ。けっこう仲良かったよな。

「おう、衛。参ったぜ、ったくよお」

「よくもまあ、あの先生の前で寝られるな」

衛は腕組みして笑っている。

「何だよ、気持ち悪い奴だな」

「きっとお前、目ぇつけられたぜ」

「げー勘弁してくれよ、あの先生しつっこいからな」

「自業自得だろ」

そう言ったのは靖之だ。教科書をぽんぽんと整理している。

「何だよ、つめてーな。もちっと心配したらどうなんだ」

「何回言っても聞かないのは芳洋のほうじゃないか。僕は何回も注意したよ」

「ぐ・・・」

思わず言葉に詰まる。

そうだ。俺は靖之には頭が上がらなかったっけ。

「でも、勉強はしてるみたいだね。安心したよ」

靖之がそう言ってにっこり笑うと衛が俺につかみかかってきた。

「そうだ!そのことを言おうと思ってたんだ!」

「はあ?」

「お前いつ勉強したんだよ!あんな問題昨日までわかんねーって言ってただろ!」

「え・・・」

そう。俺は頭のいいほうじゃない。中学のころから赤点ギリギリだった。

「衛、芳洋は本当は頭いいんだよ。不思議じゃないさ」

靖之がかわりに衛に答えてくれた。

いつも、靖之は俺のことを頭がいいとかやればできるとか言ってたな。

何言ってんだか。俺ができるわきゃねーだろ。

「何!そうなのか、芳洋!」

衛が真面目な顔で聞いてくる。

何て答えりゃいいんだ。いくら俺が馬鹿だって言っても中坊の問題ぐらい分かる。

「ま、まあな。今日はたまたま」

俺はあいまいに笑った。

「ところで今日は部活には出るんだろ」

靖之が言った。

「部活?」

俺は聞き返す。

ああ、そういや中学のときは部活に入ってたんだよな俺も。

「そうだよ、いいかげんサボってばかりじゃ駄目だよ」

「あー・・・」

俺は頭をかいてごまかす。なんか中坊のときと変わってねえな。

「紀美ちゃんだって部活にはちゃんとでなさいって言ってるだろ」

靖之が言った。

紀美ちゃん?誰だっけ?そんな奴いたか?

『西園寺紀美香』

ふと頭にあの女の言葉がよみがえる。

部活に行けば確かめられるのか?

「あ、あのよ靖之。き、紀美ちゃんも部活に出るのか」

俺がそう言うと靖之は不思議そうな顔をした。

「どうしたの?芳洋。紀美ちゃんだなんて」

「え・・・」

「いつも紀美香って呼んでるのに。なんかしたの?」

「紀美香・・・・」

やはりあの女のことなのか?でも俺は紀美香なんて女は知らない。

どう言うことなんだ。

「あ、紀美ちゃん」

ふいに靖之が言った。

紀美香・・・・。俺の後ろにそう呼ばれている女がいる。

確かめなければ。

俺は思いきって振り向いた。

その瞬間、まばゆい閃光とともに俺の意識も飛んでいった。

 

続く

 

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