自我 第2話

 

あーくそ。寝覚めが悪いぜ。

一体どうしてあんな夢を見たんだか。

俺は昼休み屋上にきていた。授業中ずっと寝てた割にはメチャクチャ気分が悪い。

俺は柵に寄りかかって買って来た缶コーヒーを飲んだ。

飯はもう食った。といっても購買のパンだけどな。

と、その時屋上のドアが開いた。

うちの高校は屋上は誰でも出入りが自由になっている。

だから誰が来ても不思議じゃない。

だが、入ってきた人物は俺にとって意外な人物だった。

西園寺紀美香。

あの女がやってきた。幸い一人らしい。

俺は接触を試みた。

自分でもなんでそんなことをしたのか分からない。

本来俺は人とのかかわりを最小限に押さえている。

そんな俺がなぜ自分から知らない女に話し掛けたのか。

たぶんあの夢のせいだろうと、俺はかってに思いこんだ。

「よお」

ベンチに座って弁当を食っている西園寺に俺は言った。

「何?」

西園寺は箸をとめて俺を見た。

「隣、いいか?」

「・・・・・・・・・どうぞ」

間を置いて西園寺は答えた。

「んじゃ、遠慮なくっと」

俺は西園寺の隣に腰掛けた。

チラッと横目で盗み見ると西園寺は別に気にした風もなく箸を口に運んでいる。

「なあ、お前」

俺は言葉を発しようとした。だが、話し掛ける内容が見つからない。

「・・・・・・・・・・何?」

西園寺が俺のほうを見た。

「あーっとお前さ俺のこと知ってる?」

「篠塚・・・芳洋」

「そ、そうそう俺、篠塚」

「それが?」

俺は頭をかいた。

何なんだ?俺の記憶が抜けてんのか?そんなことって・・・。

「俺さほんとにお前のこと分かんねえんだけど・・・」

「・・・・・・・・」

「ずっと同じクラスにいたか?」

「・・・・・・・・」

何言ってんだ?俺。

これじゃあまるでこいつが普通の人間じゃねえみたいな言い方じゃねえか。

変な言い方しちまったな。

でもこいつ何でなんにも言わねんだ。

まさか・・・なあ。

「あ、あのよ」

そう思って俺が声をかけようとしたときだ。

「だから何?」

西園寺が口を開いた。

「え・・・」

「だから何が言いたいの?」

西園寺の口調はまるで怒っているようだった。

いや実際に怒ってんだろう。

あんな言いかたすりゃ当然か。

「い、いや俺が言いたいのは・・・」

「私が普通の人間じゃないとでも言うわけ?」

「そ、そうじゃなくてよ」

何なんだ?なに俺は女に押されてんだ。

ただの女じゃねえか。

でも何だろう?この感じは。

この女と話してると調子が狂っちまう。

だけど、何だか懐かしい感じがする。

「・・・・・・・・・」

俺が黙ったままでいると西園寺はさっさと弁当箱を片付け始めた。

「ま、まだ食い終わってねーだろ」

「関係ないでしょ」

そしてさっさと席を立った。

「ちょっ、まてよ。まだ話は終わってねえぞ」

「話すことなんて・・・ないわ」

「くっ」

俺はあわてて後を追うと西園寺の肩をつかんだ。

「まてよ!」

西園寺は俺に冷たい視線を投げかける。

「離しなさい」

その迫力に思わず俺は手を離してしまった。

西園寺は俺にかまわずにドアのノブに手をかけた。

何かを言わなくては。

俺はそう思った。

でも何を言えばいい。

俺とあいつの共通なんてなにがある?

そうだ、靖之!

「西園寺!」

俺が叫ぶとわずかに首をまわした。

「靖之、知ってるか!」

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

沈黙。

俺は西園寺が何かを言うまで黙っていた。

「・・・・・・・・・ええ」

そして答えは肯定だった。

靖之を知っている。

ならば当然俺も知っているはず。なのに何故。

西園寺が去った後の屋上。

それは俺にとって何とも味気ないものだった。

 

 

 

 

気がつくと俺はボールを眺めていた。

サッカーボール。

ガキのころはこいつで暗くなるまで遊んでたっけ。

俺はボールを拾い上げた。

その時気が付く。

まただ。

また中学の制服。

夢の世界。

「芳洋ー」

どこからか俺を呼ぶ声がした。

俺はその声のほうに振り返る。

靖之だ。

ユニホーム姿で走ってくる。

「何だよ」

俺は靖之が俺のそばへ着たと同時にそう言った。

「何だよじゃないだろ。結局部活サボって」

また言ってる。

靖之は口を開くといつもこう言った。

「うるさいな。俺の勝手だろ」

俺もいつもどうりのセリフを口にする。

「まったく、今日は休み時間にも言っただろ」

今日?

え、つうことはさっき見た夢の続きか?

そんなことってあるのか?

「紀美ちゃんだって」

「靖之!!」

紀美ちゃんという名につい俺は過剰反応してしまう。

「な、何だよ」

「紀美ちゃんて、西園寺って名字か?」

「は?」

靖之はぽかんと口を開ける。

「いいから答えてくれ!」

「そ、そうだけど。芳洋どうしたんだよ。今日おかしいよ」

「そうなんだな!間違いないんだな」

「何言ってるんだ!芳洋!紀美ちゃんのこと忘れたような言いかたして」

靖之は大きな声を出した。

「頼む」

俺は確かめなければいけない。

俺と西園寺の関係について。

「まったく。ああそうだよ。西園寺紀美香。僕らの幼なじみだろ」

その言葉に俺は鉄パイプで頭を殴られたような衝撃を受けた。

「おさな・・・なじみ」

「一体どうしたって言うんだ」

西園寺紀美香が俺の幼なじみ。

何で、何で俺にはその記憶がない。

記憶喪失なのか?

でも1人だけ忘れることなんてあるのか?

「芳洋?」

俺が深刻な表情をしていたのか靖之は心配そうに声をかけた。

「大丈夫?本当にどうしたんだよ」

「あ、ああ」

「悩みがあるんなら話してよ。僕達親友だろ」

そうだな。夢の中とはいえ靖之は俺の親友だ。

話してみるのもいいかもしれない。

「靖之・・・・俺さ、西園寺の記憶がないんだ」

「は?」

またもや靖之は口をぽかんと開く。

「冗談言ってるんじゃないぜ。本当に分かんねえんだ」

「ちょっと待ってよ。どう言うこと?」

「俺にもよく分かんねえ。気が付いたら西園寺の記憶だけぽっかり抜けてんだ」

靖之は頭を抱えた。

「そんなことって・・・」

そうだよな。そんなこと相談されたってなんて言っていいか分かんねえよな。

でも、俺だってどうしていいか。

「靖之、西園寺のこと話してくれないか?」

「え、紀美ちゃんのことって?」

「何でもいいんだ。もしかしたら思い出すかもしれないから」

俺の顔をじっと見つめていた靖之だったが決心したように言った。

「・・・・・・分かったよ」

「ああ」

俺は大きく頷いた。

「僕達は小さいときから一緒だった。何をするのも」

小さいときから・・・・・俺とあの女が?

「家が近かったせいもあるのかもしれない」

家が近い?そうだったか?

俺の家と靖之の家はそんなに近くなかったはずだぞ。

「僕と芳洋と紀美ちゃんでいつも暗くなるまで遊んでいた」

暗くなるまで・・・・・?。

嘘だ。靖之の家は親が厳しくて遊ぶといつも先に帰ってたじゃないか。

「僕は今だから言うけど紀美ちゃんが好きだったんだよ」

何だろう。

この感じは。

地面に足がついてないみたいだ。

体がむずがゆい。

靖之はこんな奴だったか?

「でも紀美ちゃんは芳洋が好きだったんだ」

靖之の声が遠くに感じる。

今、自分がこの場所にいないみたいだ。

「だから言えなかった」

頭の中でいろいろな景色が回っているようだ。

俺の記憶が間違っているのか?

立っていられない。

やめてくれ。

もうたくさんだ。

「小学校にあがると3人で遊ぶことも少なくなってきた」

「もういい!」

気が付くと俺は叫んでいた。

「よ、芳洋?」

「もういい、分かった」

頭が痛かった。

この場にいたくなかった。

「だ、大丈夫?真っ青だよ」

「ああ、ちょっと頭痛がするんだ。わりいけど先に帰るぜ」

俺は靖之に背を向けると逃げるようにその場を去った。

なんなんだ。この世界は。

夢なんだよな。

これは俺が見ている夢の中なんだよな。

だったら覚めてくれ。

俺はここにいたくないんだ。

この世界にはいたくないんだ。

ガクッ

ふいに足がもつれた。

「おわっ」

地面が目の前に迫ってくる。

俺は思わず目をつぶった。

 

続く

 

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