自我 第3話

 

「はっ」

目が覚めた。

教室。

中学じゃない高校の教室だ。

「戻った・・・・」

俺はそうつぶやいた。

2回続けてあんな夢を見るなんてどうかしてるぜ。

疲れてんのかな。

頭が痛い。

体がだるい。

風邪でもひいたのか?

「よく寝られるわねー」

隣から声がした。

「学校にきてすぐ寝て、昼休みまで起きなくて、午後の授業も寝てるなんてー」

このキンキン声。

中西だ。

「うるせー」

そう言って俺は中西のほうを見た。

「篠塚君、学校に何しにきてんの?」

「寝にだ」

俺は言い放った。

「はあー。よくもまあいけしゃあしゃあと言えるわね」

呆れ顔の中西。

「お前が聞いたから答えただけだろ」

「そうだけど」

「授業は終わったのか?」

「ええ、もうすぐホームルームよ」

見ると先公はまだ来ていない。

「ねえねえ、篠塚君」

中西が俺のわき腹をつついた。

「何すんだよ」

「西園寺さんとどういう関係なの?」

「はあ?」

何言ってんだ。こいつは。

俺と西園寺がなんだって言うんだ。

そりゃあ、嘘かホントか分かんねえけど幼なじみかもって説はある。

「西園寺さんねえ、なんか篠塚君のことちらちら見てたよ」

「え・・・・」

西園寺が俺のことを?

昼休みはあんなに邪険にしてたのにか?

「いつだよ」

「休み時間とか。篠塚君休み時間にも起きないんだもん」

信じられん。

でも中西が嘘を言ってるふうにも見えねえしな。

「話しかけたりとかはしなかったのか?」

「うーん、見てるだけだったよ。だって寝てるからしょうがないんじゃない」

もっともだ。

あいつがわざわざ起こすとも考えられんしな。

「ねえねえ、付き合ってるの?」

「バーカ、変な勘ぐりすんなよな」

「バーカってひどーい。そんな言いかたないんじゃない」

それ以上俺は中西にかまうことなく西園寺のほうに目を向けた。

『西園寺紀美香』

何であの時あいつは俺に名前を言ったんだろう?

深い意味はないんだろうか。

それにもし本当に西園寺が俺の幼なじみならあんなに冷たい目を俺に向けるだろうか?

分からない。

あいまいな俺の記憶。

昔のことだし、違ってくることもあるだろう。

だけど、親しかった人を忘れることなんてあるんだろうか。

『僕達は小さいときから一緒だった。何をするのも』

夢の中の靖之のセリフ。

小さいときから一緒だった?

思い出せない。

その時、担任が教室に入ってきた。

「ホームルームを始めます。みんな席について」

こういうときはさっさと帰るに限る。

西園寺のことも気になるけど今はこの頭痛をどうにかしたかった。

「今日の日直は誰ですか?」

「はい」

担任の問いに1本の手が挙がった。

「西園寺さんと・・・・・」

西園寺か。気にしないようにしてもつくづく縁があるもんだ。

日直のもう1人の返事はない。

ったく、さっさとしろよ。俺は帰りたいんだ。

「ねえねえ」

わき腹をつつかれる。中西だ。

「なんだよ」

俺はむすっとしながらも一応返事を返した。

「篠塚君でしょ」

「なにが?」

「日直」

「はあ?」

俺が日直?西園寺と?

なんでだ。

何でこう縁があるんだ。

「さっさとしなよ。私今日早く帰りたいんだから」

くー。俺だって早く帰りてえよ。

「もう一人は誰ですか?」

「はーい」

俺はしぶしぶ手を挙げた。

「篠塚君ですか。じゃあ2人とも後で職員室に来てください」

はあ。まったく。

何なんだよ。

「それでは始めます」

俺は西園寺を見た。

あいかわらず何を考えてるんだか分かんねえ表情。

まあ、しょうがねえか。

俺の意思でそうなったわけでもねえしな。

でも今日はもうあいつには話しかけたくない。

俺はそう思った。

視線を戻して俺は考える。

俺の記憶。

俺の頭に残っている出来事は真実なのか、嘘なのか。

それとも俺が作り上げた妄想なんだろうか。

過去の記憶も今の記憶もすべてがあいまいだ。

ぽっかりと抜けた空間。

そこに何が入るのだろうか。

ってなに哲学してんだか。

俺らしくねえぜ。

そんなに難しく考えることでもねえか。

「はい、じゃあ終わります」

担任が出て行くと教室は急に騒がしくなった。

後は職員室行って帰るだけっと。

俺が伸びをすると席の前に人が立ちはだかった。

「ん?」

視線の先には西園寺が立っていた。

「あ・・・・」

「行きましょ」

一言だけ発すると俺の返事も聞かずに歩き出した。

「く・・・・」

こいつは誰にでもこんな感じなのか?

それとも俺にだけなのか。

俺は西園寺の背中を見ながら歩いていた。

「失礼します」

職員室のドアを開け中に入ると担任が手招きをした。

何の用なんだ?

日直なんて日誌書いたら終わりだろ。

「申し訳ないんですけど旧館の鍵閉めお願いできますか」

「は?旧館スか?」

俺の高校には旧館といって使われていない校舎がある。

普段は誰も出入りすることなんかないのに何でまた。

「教務の先生が何か道具を探しに行ったんですけど鍵を閉め忘れたそうなんで」

「なんで俺達が?」

「本当なら私がやるべきなんですけど。これから会議があるんです」

うちの担任は生徒に対してもやけにていねいな言葉で話す。

なんだか調子狂うんだよな。

「分かりました。御用はそれだけですか」

それまで黙っていた西園寺が言った。

「ええ、それが終わりましたら日誌を机において終わりにして結構です」

「はい。それでは失礼します」

鍵を受け取ると西園寺は俺を置いてとっとと歩き出す。

何だよ。あからさまに俺を無視してねえか。

「待てよ」

職員室を出たところで俺は言った。

「・・・・・・・・」

「その仕事は俺達に言われたもんだろ。なに1人でやろうとしてんだよ」

「私1人でじゅうぶんよ」

カチンときた。

「ふざけんな!てめえ、何様もつもりだ」

「・・・・・・・・」

「お前、俺を嫌ってんのか避けてんのか知らねえがはっきり物言ったらどうだ」

「・・・・・・・・」

何も答えない。

俺はますます頭に血が昇ってきた。

「何黙ってんだよ!何とか言ったらどうだ」

「私は」

西園寺の口がゆっくりと開く。

「あなたのことが嫌いなの」

世界が白くなった。

「靖之君を見殺しにしたあなたが」

静まり返った世界の中で西園寺の言葉だけが頭の奥底に響き渡る。

『靖之君を見殺しにしたあなたが』

『靖之君を見殺しにしたあなたが』

『靖之君を見殺しにしたあなたが』

『靖之君を見殺しにしたあなたが』

なんだって・・・・・・。

靖之を・・・・・・。

見殺しに・・・・・した?

俺が・・・・・・・?

景色が回る。

世界が回る。

そして西園寺の顔が俺の前でゆがんで消えていった。

 

 

 

 

 

「かーくれんぼすーるもーの、こーのゆーびとーまれ!」

夕方の公園。

小学校低学年らしき子供たちが集まって遊んでいた。

「あははははっ、てっちゃんが鬼だよー」

「ちゃんと100まで数えなきゃいけないんだからねー」

「わかってるもーん、みんな僕がすぐに見つけるんだから」

俺はベンチに座りその光景を眺めていた。

今度は公園か。

俺の居場所なんて本当はどこにもないのかもしれない。

どこで歯車が狂っちまったんだ。

俺は目の前に広がるこの景色をこの世界そのものを見たくなかった。

顔面を覆い隠すように俺は両方の手のひらを見つめた。

『靖之君を見殺しにしたあなたが』

あいつの言った言葉。

どういう意味なんだ。

見殺し?

靖之がもう生きていないとでも言うのか。

そんな馬鹿な。

確かに最近は会っていなかったけど死んだなんて考えられるわけがないだろう。

真面目な顔してあいつは俺をからかったのか?

そうだとしたら悪質過ぎる。

言っていいことと悪いことがあるだろう。

確かめればいい。

靖之に会って確かめればいいんだ。

そうすれば何もかもがはっきりする。

『なにいってるんだよ、変な冗談はやめてよね』

きっと靖之はそういって笑い飛ばしてくれる。

それで俺のこのもやもやした気分もいっしょに晴らしてくれるんだ。

でも・・・・・もし、本当だったら?

・・・・・・・・・。

「あーこんなところにいた!」

「!!」

突然の大声に俺はびくっと体を振るわせる。

「もうー部活にはちゃんと出なさいってあれほど言っといたのに」

俺の前には知らない女の子が仁王立ちで立っていた。

「そんなことじゃいつまでたってもレギュラーになんかなれないよ」

誰だ?

俺の知り合いにこんな奴いたか?

「ヤス君にも言われなかった?部活に出ろって」

ヤス君?靖之のことか?

「もう、聞いてるの?」

「あ、ああ」

とりあえず俺は返事をする。

この口調からいって知り合いなのは間違いない。

けど、こいつ誰だったか?

「確かにヨシ君には才能あるって私言ったよ」

ヨシ君?

俺のことをそんな呼び方するなんてかなり親しい間柄だぞ。

「でもね、それは練習にちゃんと出てこそなんだよ」

うーん、誰だったかなあ?

「ヨシ君!」

「お、おう」

「分かってるの?」

「わ、分かってるよ」

俺がそう言うと女の子はしょうがないなあという表情をした。

やさしい目だ。

それで気が付いた。

俺にはその目に見覚えがあったから。

冷たい目、何を考えてるのか分からない目。

西園寺だ。

この子は西園寺なんだ。

『まったく。ああそうだよ。西園寺紀美香。僕らの幼なじみだろ』

靖之のセリフが頭の中でよみがえる。

幼なじみ。

なぜ、その記憶だけが俺の頭の中から抜けているのかは分からない。

しかし、幼なじみという立場は真実だった。

「それじゃ、一緒に帰ろ」

西園寺はにっこり笑うと腕を絡ませてきた。

「お、おい」

「いいじゃない。照れない照れない」

こうして見ると西園寺もただの女の子だった。

何故今はあれほどまでに無表情を作っているのか俺には理解できない。

「明日はちゃんと部活に出てよね」

微笑みながら言う。

「ああ」

俺達はそのまま家の近くまで歩いてきた。

そういえば西園寺の家はどこにあるんだろう?

家まで後20メートルの距離まできたときふいに西園寺が腕を放した。

「じゃ、また」

そう言ってある一軒の家の中に入っていく。

ここは・・・・・?

西園寺が入っていった家の場所は俺の記憶の中にはインプットされていない場所だった。

こんな家ここにあったか?

俺が記憶の糸を手繰ろうとすると頭を激痛が襲った。

「くぅ!!」

あまりの痛さに思わず膝をついてしまう。

何なんだ。なんだって言うんだ。

俺の脳は西園寺に関する記憶をすべて消滅しようとでもしているのか。

さっき見た西園寺の顔もすでに思い出せなくなっていた。

「どうして・・・・」

忘れてはいけない気がした。

しかし、脳がそれを拒否している。

俺は激痛と戦った。

忘れてはいけない。

俺は現実を受け止めなければいけないのだ。

「西園寺!」

俺は名前を連呼する。

「西園寺!西園寺!西園寺!」

そうすることでますます頭痛はひどくなっていく。

俺は頭を押さえながら地面を転げまわった。

『ラクニナロウヨ』

どこからか声が聞こえた。

『イヤナコトハワスレテシマエバイインダ』

今度ははっきりと聞こえた。

もう1人の俺・・・・・・だ。

嫌なことからは逃げたいとつぶやく自分がいる。

人からよく見られたいと願う自分がいる。

自分の中の自分。

『オレハガンバッタンダ。ショウガナイジャナイカ』

弱い自分が誘惑してくる。

嫌だ。

もう、俺は逃げるなんて嫌なんだ。

あいつから冷たい軽蔑の目で見られるなんて嫌なんだ。

嫌だ。嫌だ。嫌だ。

俺はもう逃げないって決めたんだ。

「うわあああああああああっ」

俺はありったけの声で叫んだ。

そして世界は静寂に包まれた。

 

続く

 

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