自我 第4話

 

勝った。

俺は勝ったんだ。

その時はそう思った。

でも、未だに記憶は戻っていない。

結局夢で見たことだけだ。

俺が西園寺に関して知っていることなんてこれっぽっちもありゃしねえ。

もやがかかったような俺の記憶。

西園寺のことだけじゃない。

過去の記憶が薄くなっているんだ。

何故だろう。

頭を強く撃ったとかそう言うことなのか?

事故に遭って俺は記憶をなくしたのか?

それ以外に考えられない。

だが、ならばどうして西園寺はあんな態度をとるのだろう。

何故、俺を敵意に満ちた目で見るのか。

「どうしたの?ボーっとして箸が止まってるわよ」

母さんが言った。

「うん?ああ」

俺はおかずをつまむ。

父さんは単身赴任で今は家にいない。

休みの日もめったに帰ってこない。

だからいつも母さんと2人で飯を食っている。

俺は考えていた。

そう言えば父さんが家に寄り付かなくなったのはいつ頃からだっただろう。

昔は仲が良かった。

家族で動物園や遊園地によく行った。

父さんと母さんと俺と・・・・・・?

俺と?

何故そう思ったのか。

俺には兄弟なんていないはずなのに。

まただ。

また記憶が消えていく。

『イヤナコトハワスレテシマエ』

これは俺の言葉じゃない!

俺はそんなに弱い人間じゃない!

だから、確かめなければならないのだ。

靖之のことを。

「母さん」

俺は箸を置いて母さんを見つめた。

「なあに?」

「聞きたいことがある。正直に答えてくれ」

「どうしたの、真剣な顔して」

そう、すべては俺の杞憂でしかない。

『何を馬鹿なこと言ってるの』で、すべては終わるんだ。

「靖之は死んだのか?」

瞬間、空気が凍った。ような気がした。

母さんの顔が硬直している。

「母さん?」

はやく笑い飛ばしてくれ。

冗談でもそんなこと言っちゃ駄目って怒ってくれ。

「あんた・・・・思い出してしまったの?」

母さんの声が震えている。

思い出した?

何でそんなことを言うんだ。

なんで笑わないんだ!

なんで怒らないんだ!

「・・・・・・・・・」

俺が黙ったままでいると母さんはふうっとため息を漏らした。

「どうして・・・・・」

「・・・・・・・・・」

「今ごろになって・・・・・」

何なんだ。何なんだよこれは!

何言ってるんだよ!

「何で思い出すのよ!あんたは!」

刹那、母さんはヒステリックに叫んだ。

「忘れかけていたのに!何もかもが元どうりになると思っていたのに!」

俺はつばを飲み込んだ。

「あの人がようやく家に帰ることを考えてくれたのに!」

のどがからからに乾いていた。

目の前が暗くなり俺は不思議な感覚にとらわれた。

「あんたは!なんで・・・・・・」

誰だ。

俺の前で今叫んでいるこの女の人は誰だ。

こんな人は知らない。

こんなに取り乱した人は知らない。

誰だ。

何故、この人は叫んでいる。

俺に向かって。

「好恵(よしえ)・・・・・」

その人はうつろな目をしてつぶやいた。

よ・し・え?

そんな名前は知らない。

その人はふらりと席を立つとドアを開けて出ていってしまった。

何だったんだ。

今のは誰だ。

『ソウダワスレテシマエ。イマノコトモムカシノコトモ』

声がした。

時おり俺の頭に響く声。

その誘惑に身をゆだねれば楽になれるのだ。

『サア』

と、声は繰り返す。

そうだな。そうするのも悪くない。

そもそも何故俺が見知らぬ人に罵倒されなくてはならないのか。

不条理だ。

『あなたのことが嫌いなの』

さっきとは違った声だった。

女の声だ。

『あなたのことが嫌いなの』

もう一度聞こえた。

西園寺の声。

西園寺の声だ。

俺は我にかえった。

また俺は逃げようとしている。

真実から逃げようとしている。

それでは駄目なんだ。

母さんのあの取り乱しよう。

靖之が死んだというのは事実なのだろう。

では、俺が見殺しにしたの言うのもそうなのだろうか。

そして、好恵とは誰なんだ。

・・・・・・・・。

否。

否。

否。

否。

俺は知っていた。その名前に聞き覚えがあった。

そこまで俺の記憶は封印されているのか。

好恵、それは俺の妹だ。

いや、だったというべきであろう。

今はもういない。

何故いないのか。

死んでしまったから。

俺が、コロシタカラ。

靄が取り除かれていった。

自分で封印した。自分の記憶。

その記憶が今自身のものとして解かれようとしていた。

 

 

 

 

 

ここは?

マダオモイダサナイノカイ?

誰だ!

ダレダトハタニンギョウギダナ。

どこにいる!

ココダヨ。

どこだ!姿を見せろ!

ココダヨ。

どこだ!

キミハミエテイルハズダ。

何を言ってるんだ。姿をあらわせ!

ボクハココニイル。

ふざけるな!

フザケテナドイナイ。

さっさと出て来い!

キミハドウシテミトメヨウトシナイ?

何だと?

ボクハココニイルノニ。

どこだ!出て来い!。

ボクハココニイル。

出て来い!いいかげんにしろ!

キミハボクヲカンジテイルハズダ。

何を言ってる?

ボクヲミルンダ。

だから!

ボクヲミロ!

!?

ソウダ。

・・・・・・・・・・。

ボクヲミルンダ。

お、お前は・・・・・。

ボクハキミダ。

そ、そんなことあるわけが。

ナゼキミハボクヲトジコメル。

閉じ込める?

ボクハキミナノニ。

お、俺はお前なんかじゃない。

マダミトメナイノカ。

俺は俺だ!お前じゃない!

ソウヤッテキミハボクヲトジコメタ。

やめろ!

アノトキモ。

違う!

ボクヲミトメルンダ。

違う!

キミハモウノガレラレナイ。

違う!違う!違う!

ワカッテイルハズダ。

俺じゃない!俺じゃない!

『カレ』ガヨンデイル。

やめろ!しょうがなかったんだ!どうしようもなかったんだ!

『カレ』ガキミヲヨンデイル。

許してくれ!しょうがなかったんだ!

ソシテ『カノジョ』モキミヲマッテイル。

か、彼女?

キミノサイアイノヒトダ。

あ、ああ!あああああ!

ズットズットマッテイタ。コノトキガクルノヲ。

う、うがあああああああ!やめろ!やめてくれ!

サア、オモイダセ。

ぐがあああああああ!!嫌だ!嫌だ!

オモイダセ!キミノシタコトヲ。

ぐ、ぐぎぎぎぎぎぎぃぃぃぃ!!

ソシテキミハボクニナルノダ。

ぐうううううううぅぅぅぅ!!!

ナゼソコマデテイコウスル。

お、俺は俺だ!ずっとこの俺でいる!

ナニヲタワケタコトヲ。イマノキミハボクガメザメルマデノカワリデシカナイ。

違う!俺はずっと俺だった!

ムカシ、ボクトキミハキョウゾンジテイタ。

ううう!

シカシ、キミガボクヲトジコメタンダ。

それはお前が靖之を好恵を!

トウゼンジャナイカ。フタリハボクヲウラギッタンダゾ。

裏切ったんじゃない!

トウジノキミハソウハオモワナカッタ。

分からなかったんだ!俺は分からなかっただけなんだ!

ダカラコロシタ。

俺じゃない!お前がやったんだ!

ボクハキミダ。

違う!俺はお前じゃない!

オマエガコロシタ。

違う!俺じゃない!

ソシテキミハボクヲトジコメタ。ジブンダケガシアワセニナレルヨウニ。

違う!

イモウトマデコロシテ。

違う!

シンユウマデコロシテ。

違う!

ナゼオマエダケガイキテイルンダ。

!!

オマエニイキルイミナドナイ。

ち、がう・・・。

ヒトゴロシ。

あ、ああああ。

ヒトゴロシ。

う、うあああああああああ!

サア、ラクニナレ。

お、俺は・・・・・。

ソウダ、ミトメロ。ワレヲメザメサセヨ。

俺に生きている意味などない。

ソウダ。

親に避けられ。

ソウダ。

友達に嫌われ。

ソウダ。

もう、嫌だ。

サア。

みとめ・・・・・・。

『また逃げるの?』

!?

サア、ミトメロ!

『また自分だけが楽になろうというのね』

あ、き、紀美香?

イエ!ハヤク!

『そんなことしたら今度こそ私はあなたを許さない』

あ、お、俺は。

ジャマヲスルナアアアアアア!!

『消えろ!闇へ帰れ!』

ギャアアアアアアア!!

『芳洋』

「紀美香・・・・・?」

光の中に彼女はいた。

俺は彼女をつかもうと手を伸ばす。

だが、手は宙をきった。

『私は追い払っただけ、彼はまたやってくる』

彼女は言った。

「どうして?」

『あなたは仲間だから』

「仲間?どういうことだ」

彼女はそれには答えず微笑んだ。

光は温かかった。

『早く思い出して』

「え?」

そう言い残すと彼女の体は光に包まれる。

「待ってくれ!紀美香なんだろ!」

俺の声は木霊するだけだった。

『真実はあなたの記憶の中に』

最後にその言葉だけが響いていた。

 

続く

 

<戻る>

[PR]動画